第278話 決勝トーナメント出場者が決まるのはアオを倒したあとで

 帝都には決勝トーナメントが行われる闘技場の他に小さな闘技場がいくつもあり、武道大会の予選の決勝戦はそれらの闘技場で行われていた。

 観客も入っていて、さっきから「真面目にやれ!」などと客の野次が煩い。 

 決勝戦の相手はアオ・イヤツ。

 なんと、あのアカ・イヤツの父親だという。

 初日にアリから聞いた情報によると、冒険者ランクはアカに劣るが、しかし冒険者としての経験値はアカより遥かに上。

 ちなみに、鎧とか盾とか全部青い、なんかいろいろと青い奴だった。


「まさかな、時代が変わったようだな。坊やみたいなのが決勝戦の相手とはな」


 いくら時代が変わっても、着ぐるみきた男が武道大会予選の決勝戦に進むのはこの大会が最初で最後だと思う。


「冒険者として経験豊富だと聞いていたが、見た目だけで人を判断すると痛い目に遭うってことを知らないようだな」


 俺がそう言うと、アオは愉快そうに笑った。


「気に言ったぞ小僧! それだけはっきりものを言うとはな」


 何故か気に入られたようだ。

 試合開始の合図が始まる。

 アオ・イヤツは盾を構えた。

 アカ相手にやったように、まずはその盾を吹き飛ばすとするか。

 俺は剣を振るう。

 アオは盾でその攻撃を受け止めた。


「ほう、思い切りのいい豚だな、手ごわい。しかし――」


 剣が滑った!?

 よく見ると、盾に油が塗られていた。

 こいつ、わざと滑りやすいようにしてるのか。


「アカとは違うのだよ、アカとは!」


 アカとの戦いを見て研究されたらしい。

 剣が上に滑ったことで、俺の胴体ががら空きになった。

 その瞬間、俺の胴体に剣が当たる。

 痛い――が、攻撃力と防御力の圧倒的な差のお陰でダメージは少ない。

 アオが驚愕したその瞬間を俺は見逃さなかった。

 脚を出して場外に蹴飛ばした。


「場外! 勝者、トール! 決勝進出!」


 会場は拍手喝采だが、やっぱり野次も多い。俺のことをふざけた奴だと思っているようだ。

 しかし、今回は上手に手加減できたな。

 アオ・イヤツは気絶もしていない。

 アオは立ち上がると、俺を見て言う。


「見事だな! しかし小僧、自分の力で勝ったのではないぞ! その豚のスーツの性能のお陰だということを忘れるな!」


 そう言ってアオは去っていく。去っていく。

 動物なりきりセットの衣装は俊敏値は上がるけれど防御力は上がらないからスーツの性能は関係ないんだけどな。

 俺に宛がわれた控室に戻ると、大会の運営側の人間が待っていて、決勝戦の日程等の説明が行われ、会場を出る。


「旦那、決勝トーナメント進出おめでとうございます」


 外に待っていたのは、特徴のない男だった。

 一度会っただけならすぐに忘れてしまいそうな顔をしているが、たぶん会ったことはないはずだ。


「……あんたは?」

「アリの代理人です」

「アリの? あいつはどうしたんだ?」

「アリの奴、どうも情報屋として皇帝陛下に目をつけられたそうで。ここでアリが旦那と接触すれば、旦那が皇帝陛下に目を付けられてしまいます。アリがいうには、旦那はそれを望まないだろうと」

「そうなのか。うん、正しい判断だ」


 こんな姿だから既に噂くらいは皇帝に伝わっているかもしれないが、トールとトーカは結び付かないだろうが、しかし必要以上に注目を浴びる必要はない。


「これがアリからの資料になります」


 それは決勝トーナメント進出を決めた、もしくは決勝に進むであろう人物の資料だった。

 名前や経歴、得意な武器や戦法、予選トーナメントでの戦いの様子などが書かれている。

 かなり詳しい。

 そして、ランク付けもされている。

 俺は特Aランク。アムとハスティアはAランクでミスラはBランクか。

 魔術師の場合、クールタイムがあるからな。

 ちなみに、ミスラ(資料ではラミス)の戦い方を見ると、魔法の一撃を防がれている回数も多く、その場合は杖で殴って倒しているらしい。

 ミスラのステータスなら肉弾戦でも生半可な相手には負けたりしないだろう。

 たぶん、アカとかアオとか同レベルの戦いはできる。

 スクルド(資料ではトーカ)も特Aランクか。

 そして、他にも特Aランク――つまりアリから見た優勝候補の人間は何人かいた。

 本当にこいつらがハスティアやアムより強いのかはわからない。あくまでアリから見た強さだからな。

 イレブンと黒騎士――霜月とカイザーに関する資料はないか。


「アリに助かったって伝えてくれ。あぁ、あんたには――」

「お金はアリから貰っているので必要ありません。では、失礼します」


 男はそう言うと、人込みの中に消えていった。

 特徴のないその男は人込みのどこかにいるはずだが、もうどこにいるかわからない。

 あの埋没能力は能力を超越した特技と言ってもいいだろう。

 さて、全員決勝トーナメントに出場するだろうし、今日はレストランで祝勝会と行くか。

 と思いながら資料を捲って、たった一人、妙な人物を見つけた。

 戦い方もランクも不明。

 全ての戦いにおいて不戦勝となった男。そして対戦相手は全員消息不明となっている。

 アリは最初、男かその関係者が闇討ちしているのかと思ったが、証拠は見つからなかったらしい。

 そして、その人物の名前は――


「……嘘……だろ?」


 そこに書かれていた名前はワグナー――アムの母親を殺した張本人だ。

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