第276話 甘味店巡りは変装のあとで

 その日は三回戦まで試合が行われ、予選参加者は八分の一まで減った。

 情報屋のアリは一回戦は勝ちあがったが二回戦で敗退した。

 あいつ、二回戦の戦いが始まった直後に参ったと言ってさっさと会場から出て行ったので、外で情報を集めることに専念したのだろう。

 三回戦が終わって明日の予定表を受け取り、俺が会場から出ると待っていてくれた。


「よぉ、旦那。三回戦突破おめでとう。頼まれた通り情報集めておいたぜ」


 俺の呼び方が兄ちゃんから旦那に変わっていた。


「まず、旦那の仲間だが全員残ってる。旦那と同じで一回戦から決勝トーナメント出場候補の連中と戦ったが、それでも勝ち残ったようだぜ。全く、何者なんだ?」


 どうやって情報を手に入れてるのかわからないが、俺だけじゃなくて四人とも一回戦から強い相手と戦わされたのか。

 まぁ、皇帝陛下の肝入りで始めた武道大会で、俺たちみたいな得体のしれない連中を何が何でも決勝トーナメントに行かせたくないって気持ちはわからないでもない。

 その後、アリから他の予選から勝ち上がる奴らの情報を教えてもらった。

 歴戦の傭兵、宮廷魔術師、神官戦士等、強そうな名前が挙がっていた。


「まぁ、どれもアカに比べたら見劣りするからな。そんな中、俺がヤバイと思っているのが、トーカって男だな」


 トーカ……スクルドの変装か。

 既にアリが注目するくらいの活躍はしているらしい。


「ああ。こいつはヤバイぜ。俺の集めた情報によると、トーラ王国に認められた勇者だ。実力も申し分ない」

「そこまで調べたのか。さすがだな」

「ん、驚かない? なんだ、旦那知ってたのか」

「まぁな」


 隠すことなく答える。


「ちなみに、どういう戦いだったかわかるか?」

「目にもとまらぬ早業で全員剣で一撃で意識を刈り取られたそうだ」

「相手選手は大丈夫なのか?」

「たんこぶ以上の目立った外傷はないそうだ」


 そりゃ凄い。

 相手を気絶させることは俺にもできるが、一撃か。

 手加減の能力を使ったとしても、確実に一撃で倒そうと思ったら重傷を負わせかねない。アカ・イヤーツだって何本か骨が折れていたそうだし。

 外傷なしに気絶させるって、さらっと俺以上のことをやってるなぁ。


「それと旦那。悪い話があるんだが――」


 アリはそう言って、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。



 集合場所に向かうと、既に全員待っていた。


「悪い、待たせたな。全員三回戦まで終わったのか?」

「はい。勝ち上がりました。一回戦にいきなり優勝候補の一角という剣士と戦わされたときは驚きましたが」

「……ん、この国の宮廷魔術師と戦えた」

「どうやら運営は私たち全員を失格させたかったようですね」


 おぉ、ミスラは宮廷魔術師と戦ったのか。

 そこから俺たちの情報がバレないだろうか?

 いや、スクルドが変装してくれているから、

 アリから聞いた通りだったな。

 対戦相手は全員気の毒だな。


「俺も一回戦でこの国最高峰の冒険者と戦ったが、まぁ敵じゃなかったよ」


 赤いオーラが噴き出たときは焦ったけどな。


「さすがご主人様です」

「……トール様最強」

「さすがは私の旦那様です」

「キルティア、ここで夫婦設定はやめろ。ああ、それと――」


 俺は三人にアリから聞いたことを伝えた。

 それを聞いた三人は面白そうな顔をしていたとかしていなかったとか。表情見えないからわからない。




 四人揃って大通りを歩く。すると、目の前で荷車が二台衝突して荷物が散らばった。

 御者二人が降りてきて俺たちに謝る。

 荷物を拾うのを手伝おうかと言ったら、その必要はないから先に行くなら脇道に行くようにと言われる。

 言われた通り脇道を進むも、振り返ると誰もこちらに来ていない。

 大通りには結構な人がいたはずなのに、誰もついてきていないのは異常事態だ。

 さらに、脇道を曲がって元の大通りに戻ろうとすると、数十人の男たちが待ち構えていた。


「おっと、ここは通行止めだぜ? 通りたければ持っているもの全部置いていきな」


 ただの物取りではない。

 こいつらの狙いは俺たちの荷物ではないから


「あんたらオチョヤファミリーの連中だな」


 俺がそう言うも、奴らはニヤニヤ笑うだけで反論しない。

 奴らはこの大会でトトカルチョをして儲けようとしている集団だ。自分たちの息のかかった奴を大会に送り込み、八百長して荒稼ぎするつもりらしい。

 そんな中、どこの組織にも所属しない俺たちが決勝トーナメント出場候補の連中をバッタバッタとやっつけていく。


「あんたらに恨みはないが、回復魔法で治せないくらいの怪我は覚悟してもらおうか?」


 そう言って連中は――




「そういえば、知り合った情報屋から美味しい甘味の店を教えてもらったんだ。着替えてからみんなで食べに行かないか?」

「いいですね。でも、御主人様は最低限変装する必要がありそうです」

「……スクルドが目立ってる」

「あぁ……そうだな。サングラスとマスクでいけるかな?」

「では、私たちが旦那様に似合うものを買って来ましょう」

「だからこの姿のときに夫婦設定はやめろって」


 俺たちはそう言って大通りに戻った。

 背後にいる虫の息状態のマフィアの連中は、まぁ大丈夫だろう。

 回復魔法で治せるくらいの怪我にしておいたから。

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