第273話 閑話 相応しい名

 そこは天上の世界。

 そこは虚無の世界。

 そこは無限の世界。

 そこは原始の世界。

 呼び名はいろいろあれど、その実はただの空間。そこに名を、そして意味を持ちたがるのは人であり、神にとっては意味はない。


 そこに二柱の神が相対する。

 一柱はスクルド。

 そして、もう一柱の神には名前はない。名前はないから姿もない。

 名を持ちたがるのは人。人に認められてない彼は名を持たない。姿を持たない。意味を持たない。

 ただ、そこにあるだけ。

 それを許せないと思ったのはいつのことだろうか?

 一秒前のことなのか、それとも数千年、数万年も昔のことなのか、時という概念を知らぬ名も無き神にはわからない。


 それでも――


『スクルドか』


 名も無き神は言葉を発する。

 それはこの世界の言葉ではない。

 異世界の、それも日本という一部の民族だけが使う言葉であることを名も無き神は知っていた。


「どこでその言葉を学んだのかしら?」

『異世界の神が我らの世界に介入したときにな。一部しか介入できなかったが、それで十分だった』

「あのロボット兵器ね」

『霜月だ』

「あら、ムキになって訂正するなんて、もしかして気に入ったの?」


 スクルドは笑うが、名も無き神は何も言わない。

 そもそも、彼は、もしくは彼女はムキになどなっていない。

 そのような感情がない。


『相応しい名だ』

「そう? もうちょっとかわいい名前の方が私は好きよ?」

『かの世界は時間に意味を持たせる。霜月とは霜が降りて来る月という意味だ』

「そのままね」


 寒いのは嫌だけど、温泉にはちょうどいい気候だろうとスクルドは思った。


『ああ。そして霜月には別の名もある』

「別の名?」

神来かみき月だ』


 名も無き神はそう言った。

 旧暦における十月は神無月――神のいない月と言われる。

 そのため、旧暦の十一月はいなくなった神が戻って来る月――神来月と名付けられた。

 名も無き神は神が来る月の名を持つロボットと、そして皇帝カイザーを使い、カイザーに信仰を集めさせ、その身に卸そうとしている。いや、そうではない。

 彼はカイザーになりたいのだ。

 何者でもない自分が何者かになりたい。

 そこに理念も何もない。

 そして、あるように見えるが、意志すらないのだ。

 ただ、川の水が流れに任せて下っていくように、彼は意志なくその身に意味を持たせようとしている。

 だからこそスクルドにとっては不気味でもある。


 彼がそうなった理由がわからない。

 クナイド教によるものか、それとももっと別の力が働いているのか。

 どう転ぶかわからない力はスクルドにとって不安材料でしかない。


『無駄だ、スクルド。お前には、いや、誰にも我は倒せん。何故なら――』

「――あなたはまだ存在しないから」


 存在しないものは倒せない。

 神に形を持たせるのは人だ。

 だから、神であるスクルドには、この名も無き神に名を与えることも意味を持たせることも存在を認めることもできない。

 こうして話をするのですら、霜月という存在によって得られた言語を通じてようやく成せたのだから。


「もういいわ。少しは何かわかるかと思ったけど、やっぱり意味はなかったわね」

『スクルド』

「なにかしら?」

『それもまた相応しい名だ』


 その言葉にスクルドは何も言わない。

 彼女はそのままその空間を出た。

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