第272話 予選出場はサバイバルのあとで

 武道大会の予選の日がやってきた。


「いよいよですね、ご主人様」


 アムが気合いを入れて言う。


「ああ……この姿は相変わらず気合いは入らないが」


 予選会場に向かう途中、人気のにない場所でアバター衣装を動物なりきりセットの変更。

 一瞬で着替えが終わる。


「……歩きにくくはないし、視野も広いのが不思議」

「むしろ、普通の服より動きやすいくらいですね」


 ミスラとハスティアの言う通り、この動物なりきりセットは非常に動きやすい。

 動物になりきるってだけあって、能力「かろやか」が追加されるのだ。

 このかろやか、戦闘中に俊敏値が1割も上昇する。

 さすがは課金アイテムだけのことはあるってわけだ。



 しかし、小島のダンジョンからこの町に帰るのは大変だったな。

 ノワールは酷い外傷はなかったのだが、スクルドにビビってしまって影の中から出てこようとしなかった。出てきてもすぐに影の中に入ってしまう。

 泳いで海を渡るわけにもいかない。

 帰還チケットを使って拠点に戻ろうかとも思ったが、結局はノワールが元気にならないと拠点から帝都に行くのにかなり時間がかかってしまう。

 そのため、ノワールが元気になるまで、小島でサバイバルをすることになった。

 一応、数日分の食事は持ってきていたのだが、いつノワールが元気になるかわからないから節約する必要がある。

 ワニ肉等を焼いて食べた。

 キマイラは胴体は山羊だから食べられると思うけれど、見た目のせいで食べる気にならなかった。

 ステルスクロコダイルは結構美味かったんだが、ステンレスクロコダイルは文字通りステンレスのように硬くて食べられたものではなかった。

 意外と役立ったのが、例のバナナだった。

 あれ、生ではあまり美味しくなかったのだが、炒めたら美味しい。

 それに、バナナの蕾の部分がタケノコみたいな食感でこれもまた美味しかった。


 バナナの葉っぱは食器代わりに使えた。

 一日の終わりはダンジョンに潜って温泉に入る生活だ。

 寝床はというと――


「またこいつの世話になるとはな――」


 段ボールの敷布団だった。

 アムが箱単位で保存食を買い込んでいたから、段ボールが結構あった。

 ノワールが元気になれば、ノワールの中の空間で眠ることができるんだが、そうなったらそもそも飛んで帰ればいいだけの話だしな。

 ダンジョンの中は蒸し暑くて眠れないので、ダンジョンの近くの開けた場所で寝ることにした。

 島には狂暴な魔獣はいないけれど、空に結構大きめの鳥の魔物が飛んでいたので交代で見張りをすることにした。

 せめて襲ってきてくれたら食事はワニ肉から鳥肉になるのだが、空を飛ぶ鳥は一度も襲い掛かってこなかった。

 ミスラがサンダーボルトを放ったが距離がありすぎて余裕で避けられてしまってからは余計に近付かなくなった。

 もう見張りは要らないんじゃないかと思ったけれど、念のために見張りを立てた。


 ノワールが外に出てくるようになったのは数日経った頃だった。

 まだ飛ぶことはできないが、俺たちを中に入れてくれた。

 風呂やトイレのある空間――非常に素晴らしい。

 ベッドで久しぶりにぐっすり眠った。

 それから夜の見張りはノワールがしてくれた。

 朝起きて外に出たら、大きな白い鳥の死体が置かれていた。

 ノワールを襲ってきたらしい。

 俺たち四人には勝てなくてもノワールになら勝てると思ったのだろうか? と思ったが、いつも空にいる鳥とは別の種類だった。

 その日の食事は鳥肉になった。

 鑑定によるとフライングドードルという名前も知らない鳥だったが、これが霜降り牛よりも美味しかった。

 これで食事が豪華になると思ったら、俺たちが食べた残りは全部ノワールが食べてしまった。

 ノワールが少し元気になった。

 帝都までは無理でも対岸までは飛んでいけるという。

 ノワールに対岸まで送ってもらった。

 そして、そこからが勝負だった。

 ノワールが飛んでいけないなら走るしかない。

 地図のお陰で方角はわかる。

 俺たちは自分の脚で走った。

 ミスラはついてこれないから背負って走った。

 そして、ようやく帝都の借りた家に辿り着いたときには、予選の一日前だった。


「ついた……この家、借りたのに全然使ってないな」


 帝都に戻った日は、全員爆睡した。

 そして予選の日になったわけだ。

 いやぁ、ギリギリだった。

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