第269話 姿を消すのはワニ退治のあとで
ステンレスクロコダイルは防御力が高いが、攻撃が全く通らないというほどではない。
試練の塔のボールよりは守備力が低いが、その分体力は高い。
つまり、生半可な攻撃力では倒すことはできない相手だ。
クリティカルは相手の防御力を無視したダメージを与えるので、絶対に倒せないというわけではないが、苦労させられる。
しかし、今の俺は結構攻撃力高いから一応ダメージは通っているはず。
アムの場合はクリティカル狙いが通じるだろうが、ハスティアの攻撃はあんまり通じてないかもな。
「我が名はハスティア・ジオ・イリア・クリオネル。勇猛なワニの王よ。私に向かってこい!」
ここでハスティアは草薙の剣を鞘に納め、名乗りを発動させた。
その効果は絶大でステンレスクロコダイルがハスティアへと向かっていった。
ハスティアは横に飛んで躱す。
「アム、勇者様、私が囮になります! 最大の一撃を」
どうやら彼女自身も自分の攻撃が効いていないのを理解し、囮に専念するようだ。
「わかった」
アムの一撃がステンレスクロコダイルに当たるが、クリティカルにならない。
俺の黒鉄の槌を握る手に力を込める。
「バックステップっ!」
ハスティアが後ろに跳んで攻撃を躱す。
ってヤバイ。ハスティアが角に追い込まれた。
「アイスバレット!」
ミスラが魔法を放つ。
氷の弾丸がステンレスクロコダイルとハスティアの間に着弾。
すると、そこに巨大な氷柱が現れた。
もう弾丸って威力じゃないぞ。
直接の攻撃は効かなくても氷柱で動きを止めることはできる。
「――パワースタンプ!」
力を込めた一撃がステンレスクロコダイルの背中に直撃した。
ステンレスクロコダイルがワニなのに海老ぞりをする。
そして――
赤い宝箱が現れた。
倒したうえに、1/2が出たようだ。
最近、アドモンの赤宝箱出現率が高くて嬉しいな。
「倒したのですね、勇者様」
「ああ、ハスティアが引きつけてくれたおかげで最高の一撃与えることができた……」
「そう言ってもらえるのは嬉しいのですが――ところで」
ハスティアがアムとミスラを見る。
二人は既に宝箱の前で正座して待機していた。
この二人は宝箱の前に座るが、勝手に宝箱を開けたりはしないので、ちょっと待ってもらっていた。
「今回は囮として頑張ってくれたハスティアに開けてもらうぞ」
「私が開けてよろしいのですか?」
「ああ。開けてくれ」
「では――」
ハスティアがアムとミスラの前に立ち、赤色宝箱を開ける。
そして、彼女は何も言わずに宝箱からそれを取り出した。
それは一冊の本――
「……魔導書!」
ミスラの言う通り、魔導書だな。
「ステンレスクロコダイルが落とす魔導書は、ステルスの魔法だな」
「……ステルス?」
「ああ、気配を完全に遮断し相手に気付かれにくくなる魔法だ。攻撃を仕掛けたら効果が切れるのもステルスクロコダイルと同じだな。ミスラ、試しに魔法を使って見ろよ」
魔導書を受け取り、俺とミスラ、二人とも魔法を取得する。
「……ん。ステルス」
ミスラが魔法を放つ。
しっかりミスラの姿は見えている。
だが、存在感がない。
アムとハスティアの様子を見る。
彼女の目からもミスラは見えているようだ。
これ、どう変わったのだろう? と再びミスラの方を見ようとして――あれ?
視点が定まらない?
確かに見えているはずだ。
見えているはずなのに頭が認識していない、そんな違和感。
「ミスラ、俺の手を握ってくれないか」
俺は手を前に出す。
手が握り返された。
その手を凝視する。
ミスラを認識できた。
「これは凄いな」
「……そう?」
「ああ。前にいるのに認識できなかった。二人はどうだ?」
「私はわかりました。ステルスクロコダイルと違って匂いは消えないようです。ただ、離れた場所、そして風下にいたら気付かないでしょうね」
「私は勇者様と同じですね。視線を外したらもう見えなくなりました」
なるほど、匂いの弱点はあるのか。
武道大会だと最初からステルスの魔法を使って入場して、試合開始と同時に不意打ちできるか?
いや、審判から認識されなくなったら不戦敗になりかねないか。
でも、使い処がいろいろとありそうな魔法だな。
「……これでトーカ様のお風呂覗き放題」
「いや、入りたければ勝手に入って来いよ……」
その発想はむしろ男側の発想だろ。
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