第265話 試験内容を予想するのは藁人形を見たあとで

 俺、遊佐紀冬志は、アムに認められる勇者トーカとして戦うと誓った。

 国とか政治とか巻き込んだごたごたなんて御免なんだけど、帝国の中心まで出張ってきたのもそれが原因だ。

 そんな俺が、いま、見知らぬおっさんに豚野郎呼ばわりされている。

 その原因は――身バレ防止のために豚の着ぐるみを着ているからだ。


「ああ、豚野郎か……確かにそうだった。怒って悪かった」

「俺の質問に答えてねぇぞ。舐めてるのかって聞いてるんだ」

「どうだろうな? 少なくともあんたよりは強いぞ」


 俺がそう挑発した直後、男が殴りかかってきた。

 スポットライトも使っていないというのに気の短い奴だ。

 もちろん、反撃して正当防衛を主張するつもりなんてない。

 この世界ではどうかは知らないが、俺のいた日本では正当防衛っていうのは意外と通りにくい。

 ましてやこっちが圧倒的に強い立場にある場合はなおさらだ。

 たとえば、プロボクサーが高校生に胸をパンチされたからって、本気で殴り返してしまえばそれは過剰防衛と呼ばれる。

 つまり――素直に殴られてみた。


「腕が、腕がぁぁぁっ!」


 あぁ、うん、そうなるよな。

 俺の防御力ってこの世界ではもうかなりのものだ。

 力を入れたら鉄板よりも硬い。

 着ぐるみ越しでもそれは変わらない。

 こいつの腕はいま、本気で鉄板を殴った以上の衝撃を受けたはずだ。

 骨、折れてなければいいんだが、殴られた手前、回復魔法を掛けてやるつもりは一切ない。


「ご主人様に素手で挑もうなど愚の骨頂ですね」


 狐の着ぐるみを着たアムが言う。

 着ぐるみ越しでも蔑む目を浮かべているのはわかる。


「……ん。武器を使っても結果は同じ」


 猫の着ぐるみを着たミスラが言う。

 ミスラの身体の大きさに合わせて着ぐるみも小さいな。


「ゆう……旦那様にとっては当然の結果です」


 コアラの着ぐるみを着たハスティアが言う。

 ……三人とも可愛い着ぐるみだな。

 なんで俺の着ぐるみだけが豚なのか? 文句を言いたい。

 いや、豚もかわいいんだけどね。

 ちなみに、全員着ぐるみは服を着ている。

 着ぐるみキャラだからと言って、裸というわけではない。

 いや、着ぐるみだから裸じゃないんだけど。

 

 指の骨が折れたであろう男は立ち上がると振り返らずに逃げて行った。

 いきなり殴りかかってきたのは許せないが、敵わないとわかると直ぐに逃げるのは好感が持てる。

 武器でも抜かれたら悪目立ちするからな――ってこの着ぐるみの時点で目立つなって言う方が難しいか。

 でも、あの男のお陰でその後、俺たちにちょっかいを掛けてくる奴はいなくなった。


 列が進んで俺たちの番になった。


「では、名前と得意武器、そして、この道具に手を当ててください。魔力を登録する。」


 受付の人が板のようなものを出したので手を当てる。

 日本で言う指紋認証みたいなものだと思う。

 着ぐるみの布越しでも問題なく使えるっぽい。

 魔法が使えないアムだけれど、魔力は1だけ存在する。

 この世界には魔力の無い人はいないから問題ないのだろう。


「トール、扱う武器は剣」

「アミ、扱うものが武器です」

「……ラミス……杖と魔法」

「キルティアだ。剣を扱う」


 全員テストに登録した。


「は、はい、第四会場にお進みください」


 受付さんは引きつった笑みを浮かべながらも、服装については特に何も言わずに第四会場に行くように促す。

 ちなみに、テストの内容はいろいろと噂があるが、かなりあてにならない。

 なんでも、テストは何種類もある中からランダムで決まる。

 試験官との模擬戦とか、テスト生同士の模擬試合だとか、魔物と戦わされたとか、はたまた試験官がじっと見て合否判定をするだとか多種多様に及ぶ。

 会場はとても広い部屋で、一度にテストを受けるのは十人程。

 山ほどの人間サイズの藁人形が置かれているので、対人戦ではなくあれを使って試験をするのだろう。

 他のテストを受ける人たちからの視線が痛い。

 絶対、「よりによってこいつらとかよ」って目をしている。


「では、これからテストを始める。ああ、とりあえずそこのオークもどきたち……お前ら、同じグループだな?」

「ああ」


 俺は頷く。

 豚野郎の次はオークもどきか。


「だったら、試験は簡単だ。お前ら、五分以内にその着ぐるみを倒せ。倒せっていうのは膝をつかせたらって意味な。着ぐるみたちは五分間膝をつかなかったら合格にしてやる」


 ……藁人形は?

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