第264話 なりきるのは宿を決めたあとで
これから泊まる宿を探そうとしたのだが、空いている宿がほとんどなかった。
大衆宿や冒険者用の宿は、武道大会の参加者や、武道大会の噂を聞いて観光に訪れていた客が既に連泊で予約していて満室。
高級宿は奴隷であるアムやミスラが泊まることができなかった。というかロビーの受付にかなり煙たげな目で見られたので、頼まれてもあの宿で泊まるのは御免だ。
どうしたものかと思っていたら、大衆宿の受付から、金があるなら家を借りたらどうかと言われた。
値は張るが、貸出されている空き家がいくつかあるそうだ。
なので、場所を聞いて商業ギルドに行った。
俺はこういう交渉はあまりしてこなかったし、アムとミスラは奴隷設定なので、交渉はハスティア任せになりそうだ。
ハスティアは交渉に自信があるようだし、任せても大丈夫だろう。
「二週間、家を借りたい」
ハスティアはそう言って、最初に10万イリス――金貨100枚を置いた。
かなり豪胆な交渉だ。
日本語で言うなら、札束で叩くってやつだな。
「これはこれは――家といっても、当ギルドには様々な家を用意しております」
「中央に近い治安のいい場所。家具は揃っていて、寝室は一つが――」
「寝室は三部屋以上、できれば四部屋以上がいいです」
ハスティアがとんでもないことを言ったので、俺は身分証を出して訂正する。
「旦那様はつれないな」
「黙ってろ、キルティア」
小声で言う。
「ははは、仲のよろしいことで。では、これからいくつかの家を見て回りましょう。ところで、寝室以外ですが、やはり奴隷用の馬小屋か物置があったほうがいいでしょうか?」
「必要ない」
……一瞬、こいつをぶん殴ってやりたいとと思ったが、本当に悪気なく尋ねているようなのでなんとか堪えた。
この国では奴隷の扱いは酷いな。
ちょっとだけ、カイザーに絶対的な力を持たせて、この国を変えさせたいと思ってしまった。
結局、庭付きの一戸建てを借りることにした。
予算として10万イリス提示したはずなのに、結局12万イリスの家を借りることになった。
保証金含めて15万イリスを支払うが、それだけの価値はあると思う。
ハスティアが言うには中級貴族が生活をしてもおかしくないような豪邸らしい。
庭には井戸があるし、
部屋も四つあれば十分なのに、寝室含めて十もあるし、厨房も広い。
食堂だって長机の周りには椅子が二十脚もある。
風呂もある――水道はさすがにないけれど、庭に井戸はある。
なにより、このくらい広くないと、家の中で話した会話が外に漏れかねないからな。
念には念を入れないと。
まぁ、お金には困ってないのでこのくらいの出費は問題ない。
なんなら、武道大会の賞金でお釣りが来る――っていうのはまだ殺してもいない狸に化けて出られるレベルの皮算用だが。
「このような立派な家で寝泊まりしてよろしいのでしょうか?」
「アム、そうは言うが、家の質でいえば拠点の家の方が上だぞ? ベッドも低反発マットレスだし、風呂は全自動だし、リンスシャンプボディーソープ使い放題、トイレはウォシュレット付き、砂糖塩酢醤油味噌も使い放題。なにより一家に一匹絶対欲しいモフモフのポチがいる」
「そうですね……当たり前すぎてつい忘れそうになってしまいます」
「……ん……トーカ様の家は異常。でも、ミスラはウォシュレットは魔法で応用できるから問題ない……
ははは……トイレの問題は確かにあるな。
とはいえ、下手な宿に泊まるより快適な生活はできそうだ。
特にダンスホールがあるのは驚きだ。
ここならノワールを出してやっても大丈夫そうだな。
影の中から出してやり、肉を与えた。
ちなみに、俺たちを悩ませるトイレ問題だが、ノワールには無縁らしい。
シャドードラゴンは排泄をほとんどしない。というか、俺たちが寝泊まりしていた亜空間とは別の空間に排泄物を貯め込み、一度に排出する。その頻度は数年に一度とか数十年に一度と言われている……ってポチから教わった。
便利だよな。
人間にもそういう機能があればいいのに。
「じゃあ、これから武道大会の受付に行くか…………」
俺がそれを取り出した瞬間、アムたちの表情が変わった。
まぁ、普通に考えて恥ずかしいよな?
「あぁ、アム、ミスラ、ハスティア。もしもこれに着替えるのが嫌だったら、俺一人で参加してもいいんだが
「「「行きます」」」
「無理しなくてもいいんだぞ」
結局、全員でそれに着替えた。
そして、武道大会の会場に行く。
武道大会の会場には多くの参加者が受付に集まっていた。
締め切りまでまだまだ時間があるというのにこの人数。
いったい何千人の参加者が集まるというのか?
それにしても、さっきから周囲の視線が痛いな。
「おい、お前! 武道大会に参加するつもりか?」
「ああ、そうだが?」
「舐めてるのか、この豚野郎が!」
「誰が豚野郎だって!?」
「お前だよ、お前! どう見ても豚野郎じゃないか」
あ、そうだった。
今の俺は豚だった。
DLCアイテム、動物なりきりセット。
これは、キャラクターたちに動物の着ぐるみのアバターアイテムだった。
絶対に身バレする心配は無い上に、見た目に反して視界もよくてとても動きやすいのだが――やっぱり怪しさはMAXだな。
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