第263話 帝都に入るのは身分詐称のあとで

 準備を終えた俺たちは、乗合馬車で帝都に向かった。

 馬車のまま帝都に入れるかと思ったが、ちゃんと町に入るための審査があるらしく、結局帝都の外で降ろされた。

 しかし、降りたところで見えたのは巨大な城壁だけだった。

 トーラ王国の王都と比べても高く堅牢そうな壁だ。


「トウロニア帝都の人口は約100万人。この大陸の中の全ての都市の中でも圧倒的に多いと言われています。当然、その人口を支えるためには莫大な食糧が必要で、西には、食材を持ち込むためだけの専用の門があるほどです」


 ハスティアが説明をする。

 そのあたり、侯爵令嬢としてしっかり教育を受けているのだろう。

 100万人か。

 世界最大の人口密度の都市といえば江戸だって言われてたが、その時の人口が確か100万人だったか?

 それと同じってことはかなり凄いんじゃないか?

 地図で見ても、都市全体どころか、中心部まですら映っていない。

 大陸最大の都市というだけあって、南西と南東の位置に見えるスラム街の広さもトーラ王国の比じゃないな。自由都市以上に不法地帯だ。

 赤いマークがうじゃうじゃしてる。

 まぁ、今回はウサピーが用意してくれた身分証があるから、スラム街の闇ギルドの地下入り口から帝都入りなんてする必要はない。

 正面から堂々と入れるからな。某

 帝都に入ろうとする人数も凄いが、入り口も凄いな。

 行列がいくつにも分かれて帝都の中へと入っていく。

 どことなく、某有名テーマパークの入場ゲートを彷彿とさせる流れだ。

 荷物検査とかもそれに似てるな。

 もっとも、某有名テーマパークみたいに食べ物やお酒を持ち込めないなんてことはないと思うけれど。


 うん、大丈夫だった。

 手荷物は全部チェックされた。

 当然、怪しいものは何も持っていない。

 道具欄にしまっているから当然だ。

 影の中にいるノワールも気付かれない。

 影の中は手荷物に入らないから。

 ただ、ひとつ問題があるとすれば身分証のほうだ。


「アム……アミ、大丈夫か?」

「はい、問題ありません。ですが、ティアは羽目を外さないように――」

「ラミスも?」

「……問題ない。でも、キルティアは調子に乗らないで」

「調子に乗ってないわ。でも、アミとラミスは言葉遣いに気を付けなさい」


 ハスティアが尊大な態度でアムとミスラに言う。

 二人はこう言ってるけれど、俺からしたら問題なんだよな。

 絶対に楽しい気持ちにはならない。

 四人にはそれぞれ偽りの身分証が用意された。

 俺はトール。トランデル王国出身の行商人。帝都に買い付けに来た。

 ハスティアはキルティア……俺の妻という設定だ。

 そして、アムはアミ、ミスラはラミスという名前で、俺が所有する戦闘奴隷だった。

 せっかく奴隷から解放できたというのに、また奴隷扱いだなんて。

 でも、仕方がない。

 帝国では亜人差別が酷く、獣人やハーフエルフの大半は奴隷である。

 カイザーのように魔道具で変身されるか、奴隷として帝都に入れるしか方法はなかったわけだ。

 しかし、俺とハスティアが夫婦である必要はあるか?

 俺が商人っていうのなら、ハスティアは護衛役でもいいんじゃって思うが。


「(私たちが夫婦役なのは、注目を勇者様に集めるためでしょう。私は良くも悪くも名が知られているので)」


 ハスティアが囁くように言った。

 あ、そういうことか。

 ハスティアはBランク冒険者。護衛役として振舞えば、剣士としてのハスティアと、護衛としてのキルティアが結びついてしまう。

 だから、敢えて夫婦役にしたわけか。

 さらに、夫婦にしたら宿で同室でも怪しまれないってのもあるのだろう。

 作戦会議をするとしたら、宿の部屋だろうから。

  

「……で、ウサピーにいくら払ったんだ?」

「1000イリスほど。安い買い物でした」


 あの守銭奴め……あとでアムとミスラに怒られろ。

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