第260話 空を飛ぶのは薬の補助効果が出たあとで

 俺とアムはノワールの体内へと入っていった。

 そこは広大な空間だった。

 真っ暗な部屋だというのに、自分の身体やアムの姿ははっきりと見える。

 暗いのか明るいのかわからないそんな空間だ。

 しかも、その部屋は真っ黒な家具があちこちに置かれている。

 たとえばこのクッション。座り心地は最高で、ほのかに温かい。

 昔見た、となりのなんちゃらってアニメで、猫のバスが出てきて、そのバスの椅子の座り心地がとてもよさそうだったんだけど、実際にあるとすればこんな感触なのだろう。

 さらに真っ黒な扉があって、いくつもの部屋に分かれている。


「ご主人様、ここはノワールの中なのですか?」

「そうだ。シャドードラゴンは空間を自在に操ることができるドラゴンらしいんだ。影の中に身を潜めることもできるし、自分の身体の中にこんな空間を作る事もできる」


 蒼剣の説明にそう書いてあった。

 とても快適な空間としか書かれていなかったのでどんな場所か楽しみだったが、なるほど、短時間の居心地はとてもいい。

 ただ、長時間だと黒一色の部屋は、いくら広くても閉塞感や圧迫感があって落ち着かない感じもする。

 実際に体験してわかることもあるんだなぁ。


 外に出ようとしたら、ハスティアが入ってきた。

 彼女は俺の顔を見てほっと安心したようだ。


「勇者様、アム、無事でしたか」

「ああ、中を見て回ってたんだ」


 俺がそう言うと、ハスティアが顔だけ外に出した。

 どうやら、外にいるみんなに俺の無事を知らせているようだ。

 ノワールの中にいたら外の声がわからないんだな。

 これも新しい発見だ。

 もしかしたら、ミスラたちが外から声をかけていたのかもしれないな。

 返事がないからかなり心配してハスティアが入ってきたのだろう。 


 みんなで外に出ると、ミスラが俺の胸に飛び込んできた。


「……トーカ様、無事でよかった」


 ミスラの肩が震えている。

 もしかして泣いているのか?

 かなり心配かけたんだな。

 もしかしたら、両親を失ったときのことを思い出したのかもしれない


「ミスラ……ごめん、心配かけたな」

「……ん、今夜はミスラに優しくして」

「わかっ……お前、本当に泣いてるのか?」


 ミスラを引き剥がし目を見る。

 泣いていない。


「泣き真似か」

「……心配していたのは本当」


 ミスラが視線を逸らして言う。

 まぁ、心配かけたのは本当なんだろうな。


「でも、今夜優しくするのは無理だぞ」

「……むぅ」

「シャドードラゴンだから夜のうちに国境を越えたいからな」

「……だったら?」


 昼間の間にアムとミスラにめっちゃ優しくしました。



 夜になり、俺たちは帝国から最も近い村に移動し、こっそりと村の外に出る。

 影の中からノワールが出てきた。

 俺に頭をこすりつける。

 今回、パトラッシュは拠点に置いてきた。ノワールは影の中に入ることはできるがパトラッシュと違って道具欄に収納することはできない。サブメンバー枠として常に埋めていないといけないから、パトラッシュを道具欄から出すことができない。

 それなら、拠点でのんびりしてもらおうというわけだ。

 あそこならフィリップが世話してくれるからな。


「では、ご主人様、お気をつけて。本当は私も一緒に行きたかったのですが」

「俺もアムが一緒だったら心強いが、ウサピーが用意してくれた薬を節約しないといけないからな」


 アムたちがノワールの中に入るが、俺だけは中に入らず、ノワールの背に乗る。

 ノワールに指示を出さないといけない。

 暗闇での移動だ。

 アムは夜目が利くが、それでも空の移動となれば地図は必須。

 結果、俺が背中に乗る事になった。

 ノワールの身体に縄をくくりつけ、俺の身体にも括り付ける。

 命綱はこれでよしと。

 最後に、二本の薬を飲むと、ノワールが浮かんだ。

 最初はゆっくりだが、徐々にその速度は上がっていく。

 これ、けっこうきつい。

 目を開けるのがやっとだ。

 それに、かなりの高度――普通なら凍傷になっているか低酸素症になっているかって感じだな。

 俺が飲んだ薬は二種類。

 エアロボトルは水の中など酸素がない場所で呼吸できるようになる薬。

 ポカポカドリンクは極寒地帯などに行ったときの凍傷ダメージを防ぐ防寒の薬。

 ゲームだと普通に空を飛んでいたが、実際に高所での移動なら必須だろうとウサピーが用意してくれた。 

 命綱として使っている縄を引っ張り、ノワールに方向を指示し、帝国へと一気に飛んでいく。

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