第248話 黒騎士との模擬戦はアニータを下したあとで
黒騎士、何者だ?
俺は警戒した。
もしかして、俺の正体も知っているのか?
「警戒させたか? 警戒しているのはこちらなのだがな。アニータも言ったが遊びに来る場所じゃないぞ?」
「ダンジョン探索は俺たちにとって趣味なんです。荷物については収納能力がありますから」
「なるほど、お前は荷物持ちか。収納能力は確かに便利だな。その程度の実力でCランクに上がれるのも納得だ」
…………ん?
こいつ、アムやミスラの実力は見抜いても、俺の力はわからないのか?
もしかして、鑑定能力を持っているとか、気配を読むとかじゃなくて、足運びや佇まいとかから相手の力量を見抜いているのかもしれない。
だとしたらそういうところは素人の俺が甘く見られても仕方ない。
ハスティアやリーナについても、二人とも有名人だからな。
ハスティアは勇者マニアとしていろんな人に知られていて、国の内外問わず活動していた。
リーナの絵姿とかハンバルの漁村の村長も持っていたし。
あの村長、元気にしてるかな?
かなり巻き込んでしまったけど、王様から褒美を貰って一生の宝にするって言ってたな。
「ああ、そうなんですよ。じゃあ、俺たちは先を急ぎますんで――」
と振り返ると、女性陣がイライラしているのがわかる。
俺がバカにされたからだろう。
それでも、ここで騒ぎ立てないのは俺に迷惑を掛けようとしないためだ。
弱ったな。
彼女たちにあんな目をさせたまま終われないじゃないか。
「ああ、黒騎士さん、あんたの目は節穴か? 俺たちはこのパーティのリーダーだ。あんたより強いぞ」
「なんだと?」
「さっき、アニータさんにそれ以上言うと恥をさらすだけだとか偉そうなことを言ってたが、その分析の方が恥だと思うぞ」
俺がそう言うとキレたのは黒騎士ではなくアニータの方だった。
俺の方に向かって来る。
得物は抜いていない。
一発殴って昏倒させるつもりだろうが、遅い。ハスティアよりは速いがアムと比べると全然だ。
俺はその拳を受け止めた。
遅いし、軽いな。
「なっ」
受け止められるとは思わなかったのだろう。
見たところ、彼女は俊敏型――アムと似た感じの戦い方をしている。俺が攻撃を受け止めるとは思わなかったのだろう。
「ファイアボール」
攻撃を受け止めながら、天井に向かってファイアボールを投げる。
「とまぁ、今の魔法を彼女に当ててたら火傷じゃ済まなかったと思うが――」
「なるほど、俺が恥を掻いたのは確かだったようだな。アニータ、下がれ」
「…………くっ」
アニータが苦虫を噛み潰したような顔をして引き下がる。
そして黒騎士が前に出た。
布を取り出し、剣の鞘をきつく結ぶ。
剣を抜くつもりはないってことか。
「武人として、一手手合わせを願いたい。力を見たい」
「…………ああ」
俺が棒を取り出して構える。
「貴様、舐めているのかっ!?」
アニータが怒って言ったが、舐めているつもりはない。
戦うとしたら、ある程度本気で戦うことになる。
一番攻撃力の低い蒼木の杖は剣術が使えないし、蒼木の剣だと手加減能力を使っても大怪我させかねない。
「舐めてるつもりはないよ。あんたは強いらしいからな。殺し合いじゃないのならこれで勘弁してくれ」
もちろん、ただの棒じゃない。
俺が取り出したのは【犬が歩けば当たる棒】だ。
投げれば相手を気絶するダメージを与えるが、剣として使えば丈夫な棒だ。
そう、丈夫なのだ。
俺の剣と打ち合っても壊れないほどに。
「構わん。なに、力量を見るだけだ。そこの妖狐族。アイリーナ姫、開始の合図を頼む」
黒騎士がリーナに言った。
リーナが頷き、棒と剣(鞘付き)を構えた俺と黒騎士の間に立つ。
そして、試合開始の合図を出した。
と同時に黒騎士が動く。
俺は彼の剣を棒で受け止めた。
アニータ程じゃないが、それでも速い。
ただ、剣の重さはかなりのものだ。
攻撃力はアニータの倍はあるんじゃないか?
「ほう、これを受け止めるか。ただの棒ではないようだな」
「あんたの鞘は――」
俺が力を込める。
と同時に、鞘が砕けた。
「ただの鞘だったようだな」
「アダマンリザードの革で作った鞘を棒で砕くか……どうやら俺の負けのようだな」
黒騎士が引きさがった。
これ以上続いたら面倒かと思ったが、案外素直な男のようだな。
「何を仰ってるのですか! カイ……主様鞘が壊されただけです。まだ戦えますよね!?」
「いや、俺の負けだ、アニータ。言っただろ? 力を見るだけの戦いだと。封じていた鞘を壊されてしまった以上、これ以上戦えばもう殺し合いになる」
ということだ。
「まったく、佇まいや歩き方は素人のそれにしか見えなかったが――なるほど、貴様がトーラ国王に認められたという勇者か。アイリーナ姫とハスティア嬢が付き従っている時点で気付くべきだったな」
「ああ、その勇者だ」
別に隠しているわけじゃない。
「ははは、そうか、今代の勇者は中々に強者のようだ」
黒騎士はそう言って兜を外す。
そこにいたのは赤い髪の三十歳手前くらいの赤い髪の兄さんだった。
アイドル顔ではないけれど、鍛えているロック歌手みたいなイケメンだ。
「あんたのことが気に入った。勇者よ、どうだ? 俺に仕えるつもりはないか? 見ると女好きのようだが、美女百人のハーレムも用意してやれるぞ」
「必要ない」
アムとミスラがいる前でなんて提案をしてくるんだ、こいつは。
「ていうか、あんた何者なんだ? いや、待て、言わないでいい」
ハーレムとか言い出した時点でヤバイ気がする。
「まだ名乗っていなかったな。俺は――」
「言わなくていいって」
「カイザーだ。トウロニア帝国の皇帝をしている」
言いやがった。
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