第241話 【閑話】教会とミスラ薬-5

「キノヒトが捕まった……だと!?」


 キノヒト・ムテの捕縛の情報は儂――クリー・ボッタの耳にも届いた。

 それは一瞬の出来事だったらしい。

 白昼堂々、その町の町長を襲ったキノヒトは次の瞬間には泡を吹いて気絶していたらしい。

 その町の町長が勇者であることは知っていた。

 だが、同時にキノヒトの恐ろしさを知る儂は、正々堂々の戦いならばまだしも、不意打ちであれば問題ないと思っていた。

 しかし、まさかこうも簡単にキノヒトがやられるとは。

 マズい、非常にマズい。

 奴には契約魔法で儂のことを喋れないように命令しているが、そもそも奴には契約魔法の効果はない。何故なら、契約魔法に逆らったときに与えられる苦痛ですら奴は平気で耐えられるのだから。

 このままでは儂のしてきたことがすべて露見してしまう。

 今すぐ逃げなければ。

 そうだ、ブスカだ。

 トーラ王国からトランデル王国に亡命したあいつは、トーラ王国の宮廷魔術師だったころからの付き合いだ。戦争の時も支援してやった。

 その恩を返させる時が来たのだ。


 今すぐ金目の物をかき集めて――


「どこに行くのですか? クリー司教」

「……ヨハルナ前教皇!?」


 部屋を出ようとすると、扉が勝手に開いて兵たちとともに彼女が現れた。


「いったい何の用でしょうか?」

「あら、それは自分の胸に手を当てればわかるのでは?」

「全く心当たりがありませんな」


 どこまで情報を掴まれているかはわからんが、しらを切りとおす。

 逃げる時間を稼ぐ。

 そう思ったら――


「あら、だったら彼らのことはお忘れで?」


 ヨハルナが連行してきたのは消息を絶った組織の連中だ。

 手足を鎖で縛られている。

 ヨハルナに捕まっていたのか。


「彼らはとても仕事熱心で、なかなか口を割ってくれなかったのですよ。しかし――」


 とヨハルナが次に連れてきたのは、キノヒトだった。

 余程恐ろしいことがあったのか、恐怖でガタガタと震えている。

 何故、こいつがこの前教皇ババアのところに!?


「あなたが連絡員を口封じに殺させたと彼が自供したところ、彼らも素直になってくれましたよ」

「貴様ら――」

「先に裏切ったのは貴様の方だ。よくも我らの仲間を」

「知らん! 儂はこんな奴ら知らん! 儂がやったという証拠があるのかっ!? 証言だけでは証拠にはならん!」


 こう言って時間を稼ぐ。

 儂は徹底的に証拠を残さないようにしてきた。

 大丈夫なはずだ。


「証拠がないと裁けないと?」

「ああ、その通りだ。それが法というものだ」

「そうですか。確かにあなたの仰る通りですね。鍵を外しなさい」

「「「「はっ!」」」」


 ヨハルナが部下に命じると、捕まっていた組織の連中の枷が外されていく。

 これは一体――


「実は、彼らが罪を犯した証拠がないのですよ。彼らはただ、自警団に声を掛けられた結果、何故か服毒自殺を図ったのです。治療はしましたが、彼らがどんな罪を犯そうとしたのか、証拠が見つからなくて――」


 証拠がないから無罪放免にする。

 ヨハルナはそう言った。


「ああ、キノヒトさんは本来は処刑になっているはずの罪人ですからね。当然、私のところで責任をもって刑を執行します」


 そう言って、ヨハルナはキノヒトを部下に連行させ、兵を下げさせる。


「では、失礼します」


 残ろうとしているのは組織の連中のみ。


「待て! ここにいる奴らを連れていけ!」

「罪の証拠もないのに強制的に連行はできませんよ」

「不法侵入だろうがっ!」

「さて、本当に許可なく入ったのか証拠がありません」

「儂が許可を出していない」

「証言だけで証拠がなければ捕縛できませんね。では、失礼します」


 ヨハルナはそう言って部屋を出た。

 残ったのは組織の連中のみ。


「待て、報酬は倍払おう。儂に手を貸せ――」

「仲間はどこに埋めた?」

「三倍だ! だから儂の命令を――」


 儂は指を三本立てて、彼らに提案した。


   ▼ ▽ ▼ ▽ ▼


「ボッタ・クリー司教、謎の死亡。他殺の証拠は見つからず、心不全の可能性が高い……か」


 ボッタ司教の訃報は間もなく俺の町にも届いた。

 最初はいけ好かない奴かと思ったが、ウサピーからミスラ薬の作り方を聞き出したほかは特に何もしてこない。

 真面目にミスラ薬の製法を調べていたのだろう。

 きっとその無理が祟ったんだな。

 俺は合掌し、彼の冥福を祈る。

 尚、その葬儀は本人の希望により、司教のものとは思えないほど簡素なものだったそうだ。

 

「ミスラ薬が完成するところ見たかったな」

「……本当に」


 ミスラがため息をついて言う。

 いつの間に俺の隣に来たんだ?

 随分疲れているが――


「はいはい、ミスラさん。ミスラ薬はまだまだ必要です。ぴょん」

「……ちょっと休憩」

「休んでいる暇はないです。ぴょん」


 休憩を希望するミスラの言葉を無視して、ウサピーは彼女を連行していった。

 これからまたミスラ薬を作らされるのだろう。

 本当にボッタ司教が完成させてくれたらミスラも楽できたのにな。


 ボッタ・クリー……実に惜しい人を亡くした。

――――――――――――――――――

さっき別作品投稿してしまいすみません。

明日から通常回に戻ります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る