第236話 反省は風呂のあとで
「申し訳ありませんでした、勇者様」
「私も反省しております」
「お許しください……どうもアイリス様のこととなると我を失ってしまうようで」
誰が予想できただろうか?
さっきまで興奮状態だったハスティア様、メンフィス、ヨハルナ様がこんなにも殊勝な態度を取るだなんて。
お茶漬けを食べているときの三人の様子はいつも通りだった。
あれをいつも通りと言ってはいいかわからない――いつも通り変態だったと言ったほうがいいか。
やれ、豚と呼んで欲しいだの、やれハスティアの飲んだ湯飲みを使わしてほしいだの、やれアイリス様が食べたのは梅茶漬けと鮭茶漬けどっちだったのかだの、いろんな質問が飛び交った。
一応客人なので笑顔で聞き流していた。
うん、いつも通りだった。
いつもと違ったのは、話を聞いていたアムとミスラが少し不機嫌そうだったのと、そしてポチがいつも以上に笑顔だったことくらいだ。
そして、ポチがこう言ったのだ。
「あるじ、アムとミスラと先にお風呂に入るのです」
「え? いや、俺は皆さんの相手をしないと」
「皆様の相手はポチがするのです。ポチは勇者であるあるじの最初の従者で、女神アイリス様に作られた神獣なのです。きっと皆さんが喜ぶ話をできるのです」
まぁ、ハスティア様とメンフィスはポチとは顔見知りだし、ヨハルナ様はアイリス様の大ファンだから、ポチがアイリス様に作られたって聞いた時点で断る理由はない。
そうだな、俺が風呂に入り終わったらきっと落ち着いているだろう。
リーナは助けを求めるように俺を見たが、一緒にお風呂に入ることができないのであきらめたようだ。
いつもはアムとミスラと一緒に入る風呂ほど心休まるものはないのだが、風呂から上がってからもう一度あの話が続いたらどうしようかと思った。
そして、風呂から上がったら、三人とも心から反省しているようだった。
いや、これはもう反省というより更生と言ったほうがいい気がする。
「リーナ、何があったんだ?」
「ポチさんのお陰です」
どうやらポチが説得してくれたらしい。
随分と話がしやすくなった。
護衛の人たちの表情が穏やかなので、穏便な方法で説得してくれたのだろう――と心から願う。
「もう夜も遅いですし、これ以上迷惑をかけてはいけませんね。皆様は先に戻って休んでいてください」
「いけません、我々は護衛です」
「護衛ならハスティア様がいらっしゃいますし、神獣のポチ様、そして勇者様がいらっしゃいます。これ以上の護衛が必要ですか?」
護衛たちは顔を見合わせ、
「家の外でお待ちしております」
という妥協案を出し、ヨハルナ様がそれを受け入れた。
護衛たちには聞かれたくない話をしますよって雰囲気が出まくってるからな。
一体何の話があるんだ?
「すみません、今日ここに訪れたのは勇者様にお聞かせしたかったからなのです。クナイド教について」
クナイド教の言葉に、俺たちの間に一斉に緊張が走った。
「その反応、やはりご存知だったのですね」
「……えぇ、まぁ」
クナイド教は、この世界に存在するという十二の邪神を崇拝する宗教だ。
俺がかつて相手をしたのは、レザッカバウム派と呼ばれる連中、どこの派閥かはわからないが、ワグナー、そして邪神本人のスクルド。
ワグナーは俺より格上だった。
スクルドはそもそも本体ではなく王様に憑依した状態だったのでその実力はわからないが、かなりのものなのは間違いない。
かつて、この世界には神を信仰するものはほとんどいなかった。
そんなときに魔王が現れた。
魔王を退治するために、人々は勇者を召喚した。
そして、人々はその勇者から、女神アイリスの存在を聞く。
何もしてこなかった神ではなく、魔王を退治した勇者に力を与えた女神アイリスを信仰するようになった。
それでこの世界の神は――いや、神全員がどう思っているかはわからないが、とにかくスクルドは怒りを覚えたらしい。
彼女はアイリス様を偽りの神と罵り、彼女を信仰するこの世界の人を滅ぼし、そして造り変えると言っていた。
ヨハルナ様が語ったクナイド教についても、大半は俺の知っている通りだった。
「トウロニア帝国もまた、クナイド教に密接に関係していると言われています」
トウロニア帝国は死の大地から西に位置する大国だ。
ここは死の大地の東部のため一番距離が遠く、これまで接点をほとんど持ってこなかった。
人間本位の国で亜人に対する締め付けがきついらしく、アムやミスラと行動を共にする俺にとって関わりたくない国だった。
「……トウロニア帝国では皇帝に絶対的な権力を持たせるために全ての宗教を禁止しているはず。クナイド教も例外ではない」
ミスラが言う。
全ての宗教禁止か。
「ええ、確かにトウロニア皇帝には絶対的な権力があります。種族至上主義を掲げ、亜人を差別する政策を掲げることにより、教会と対立してもなお、トウロウア国民からの信頼が根強い。それこそ、国民からは神のように慕われています」
神のように、という言葉に俺は引っかかりを覚えた。
もしかして、トウロニア皇帝は自分が神になろうとしているのか?
しかし、それはこの世界の神を信仰し、新たな神の存在を認めようとしないクナイド教とは正反対の願いのはずだ。
と考えているとき、ミスラが何かに気付いて立ち上がった。
その顔は驚きに満ちている。
「……神を降ろす? 皇帝自身の身体に」
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