第227話 蒼剣3へのバージョンアップは申請が通ったあとで
「旦那様、ひどいです! ミツキというものがありながら、よそで婚約者を作って来るなんて!」
そう言って、ワーラビットの長の娘であるミツキが家に押し掛けてきて、宥めて追い返すのに苦労した。
それを聞いて、隣でアイリーナ様が楽しそうに笑う。
「ミツキさんってとても愉快な方ですね」
「誰のせいだと思っているんですか、アイリーナ様」
「あら、トーカ様。もう私たちは婚約者なのですから、リーナとお呼びください。敬語もおやめください」
「リーナって……アイナじゃないんですか?」
「敬語」
「アイナじゃないのかよ」
「特別な人ができたらリーナと呼んでもらうようにというのがお母様の遺言なのです」
謁見の間で、国王陛下が頼んだのは、新国家の建国だった。
自由都市を含め、周辺村を含めて一つの国を作る。
国の建国には複数の国家の承認が必要らしいのだが、そこでトーラ王国は今回の戦争を利用することにした。
すなわち、トランデル王国によって侵略されて奪われた領地の権利をトランデル王国に譲渡する代わりに、俺の国の建国を認めさせるそうだ。
その上で、俺とリーナを婚約させる。
トーラ王国からしたら、自分の意思で裏切った領主たちが治める領地をトランデル王国に大きな借りを作って再併合するよりも、その方がいいと思ったのだろう。
勇者の国と交流、そして王女が勇者に嫁ぐ、さらに子どもができたら――なんていろいろと思惑があるのだろう。
本当はトーラ王国に婿入りしてほしかっただろうけれど、それが不可能なのはアイリーナ様から聞いていたのかもしれないな。
建国については俺はすんなり受け入れた。
トンプソンからもウサピーからも、この土地を一つの国にするメリットを聞かされていたからだ。
だが、婚約については断るつもりだった……断るつもりだったんだよ。
「勇者様はアイリーナ様のことは嫌いか?」
「いいえ、嫌いではありません」
と言いつつも断ろうとしたら、皆が盛大に拍手してお祝いムードになって、国王陛下がさらに頭を下げて、「娘をよろしく頼む」と言われたら断りきれなかった。
後ろでアムとミスラも祝福しているから猶更だ。
改めて四人で話し合いをしたところ――
「ご主人様が勇者として認められたのです。先代の勇者は妻が七人いたと聞きますし、覚悟していました」
「……ん、アムが反対しないのならミスラも反対しない。でも、第一はアム。第二はミスラ。王女が第三夫人でも平気?」
「はい、構いません。トーラ王国では複数妻を娶った場合、妻は全員平等と言われているんですよ。ですから、第三夫人となっても私の国で怒る人はいません。そもそも、トーラ王国の二代目国王は先代勇者様の第三夫人との間に生まれた子ですから、縁起がいいです」
とのことで序列を大事にするならと受け入れられた。
「それなら問題ありませんね。アイナがいてくれたら宝箱の昇格率もあがりますし、トーラ王都のダンジョンにも行く理由ができます」
「……ん。魔導書が手に入る確率が上がる。精霊と魔法についても研究したい」
……宝箱目当てじゃないことを願いたい。
めでたい話ではあるのだが、そのせいで俺とアム、ミスラとの結婚が後回しになってしまった。
それともう一つ。
「はい、次は背中を見せてね」
アイリス様がそう言ってポチの背中に聴診器のようなものを当てている。
聴診器ではなく、生命力の流れのようなものを見ているそうだが、俺にはただの診察をしているようにしか見えない。
ポチは可愛いしうちのマスコットである。
ゲームのキャラといえばそうなのだが、元をたどればそのシステムを作ったのはアイリス様。
そのアイリス様が生み出したのがポチだ。
本来であれば他人に操れるはずがない。
しかし、ポチは操られた。
「大きく息を吸って……吐いて……」
ポチが深呼吸する。
やっぱり診察じゃないのか?
「アイリス様、どうです?」
「やっぱりこの世界の神の影響を受けていますね」
「この世界の神って、アイリス様だけじゃないんですね」
「…………私はこの世界の神ではありません」
アイリス様が重い口調でそう言った。
「遊佐紀様には話したはずです。私はこの世界に旅立つ人に能力を授ける者だと。私たちは世界の行き来を管理する神なのです。しかし、かつて勇者が魔王を倒した後、私の存在をこの世界の人に伝えたため、私の名が広く後世に残ることになりました」
「じゃあ、スクルドが言っていた偽りの神っていうのは?」
「ええ、この世界の神でもない存在がこの世界の民に信仰されている。この世界の神はそれが許せなかったのでしょう。本来であれば名もない神が信仰を得るために。この世界を破壊し、自分たちを信仰するものだけが生きる世界を構築する。それが神々の目的です」
そう言って、アイリス様はポチから聴診器のようなものを外した。
「もう大丈夫です、ポチ。これで操られることはありません」
アイリス様はそう言ってポチの調整終了を宣言。
「ワグナーは神なのですか?」
「わかりません。ただ、神の力を持っているのはたしかですね」
「俺は一体どうしたら」
「遊佐紀様は特に気にする必要はありません。これは私たち神の問題ですので。上司にはあまり深入りするなって怒られちゃいましたが、それでも放ってはおけませんから。なので、困ったことがあったらその時は連絡をください」
「……はい、わかりました。あの、それともう一つだけ、大切なことが」
「なんですか?」
俺はずっと気になっていたことを彼女に尋ねる。
「《聖剣の蒼い海》ってどうなってます?」
「ああ、それはですね!」
世界の危機はアイリス様がなんとかしてくれるっていうので、ならば俺が気になるのは蒼剣の状況だ。
アイリス様は意気揚々と答えてくれた。
まだ開発段階だが、聖剣にこれまでなかった聖銃が登場。さらに、ペンギンっぽいNPCがでるということが明らかになっているそうだ。
さらに、宝箱にも新たな追加要素が。
「本当に楽しみですよね! 私、予約が始まったら絶対、グッズと全てのDLCが同梱されているデラックス版を予約するって決めてるんです!」
「うわぁ、リッチですね! さすが女神様。それで、そのシステム、俺にも追加されるって言ってましたよね?」
俺は期待の眼差しでアイリス様を見ると、彼女は何故か露骨に視線をずらした。
「あぁ、その、上司には申請したのですが」
「え?」
「却下されました」
えぇぇぇぇえっ!?
「ま、待ってください! 今は無理ですけど、もしも新しい召喚者がこっちに来ることがあればその時はそのシステムを追加しますから! その人と一緒に行動すれば、遊佐紀様もきっと新しい宝箱システムを共有できます!」
「それって何十年後、何百年後の話ですかっ!?」
「あ、じゃあ私は上司に呼ばれたので失礼します! さようなら!」
女神様、待ってください!
って、消えた!
アイリスさまぁぁぁぁぁあっ!
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ということで、第四章は終了です。
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