第223話 翠を倒すのは結界を張ったあとで

「トーカ様、それは悪魔ですか!?」

「ああ、契約の悪魔バル『ジルクだ』ああ、そう、ジルクだ」


 そういえば、悪魔の真名は知られたらいけないんだったな。


「ミスラの命を狙ってたんだけど、倒して従えている。ああ、契約には正直な奴だから悪い奴じゃない……いや、やっぱりミスラの命を狙ってたから悪い奴か。でも、それは契約によるものだし……」

「悪魔には人の善悪の価値観など存在しない。ただ契約に従い動くだけだ」


 バルクニルは悪びれもせずにそう言った。

 まぁ、この中で唯一の被害者ともいえるミスラもバルクニルと同じ意見だったので、ムキになって否定したりはしないけれどな。


「翠、いつまで遊んでおる! 速くその悪魔を倒すんだ!」

「はいはい、人遣いが荒いな」


 腹を刺されているはずの翠は悪態をつくと、バルクニルの腕を切り離しそして自分の腹に刺さった腕を抜いた。

 出血は思ったより少ない。

 傷口がすぐに塞がっていく。

 ていうか――


「腹を刺されても死なないって、本当に人間かよ」

「なんだ、トーカよ。気付いて我を呼んだのではないのか? あれは単純な人間ではない」

「人間じゃないってどういうことだ?」

半悪魔ハーフデビル。奴には半分悪魔の血――しかも我よりも上位種の悪魔の血が流れている」


 半悪魔ハーフデビルっ!?

 いや、でもバルクニルも見た目は老紳士って感じだし、人に近い姿をしていたら子どもができるのか?


「ああ、その通りだ。だから並みの人間だったら異界に行くと同時に死んでしまうところ、私は異界に身を移しても死なずに戻ってこられる」


 ヤベェ、アイリーナ様の提案で異界に送還、召喚とされたら戻って来られる来られない以前に死んでたのかよ。

 でも、なんで勇者の子孫に悪魔の血が流れてるんだ?

 実は勇者の子孫ってのも真っ赤な嘘なんじゃないか?

 そう思ったのは俺だけではないようで、皆が懐疑的な目で翠を見る。


「そんな目で私を見るなっ!」


 翠が激昂し、腕を振り払う。

 途端に、背中に蝙蝠の羽のような黒い翼が現れた。

 ただし、左の片翼だけ。

 さらに、左だけに角が生えている。

 あれが半悪魔の証か。


「悪魔の血が流れているからどうした! 私は正真正銘勇者の子孫だ!」


 黒い衝撃波が飛んでくる。

 凄い範囲攻撃だな。

 どうやら、悪魔だと知られて勇者の子孫ではないと疑われるのは初めてではないようだ。

 過去にも似たようなことがあったのだろう。


「みんなは下がってろ!」


 俺たちに全部任せて後ろで傍観しているだけの騎士たちに、念のために下がっているように言う。

 ああ、皮肉だよ、ったく。

 なんで俺がこんな面倒な奴の相手をしないといけないんだ。

 いや、ここはバルクニルに任せよう。


「ジル――」

「娘よ――前に我の転移を封じた結界魔法を編んだことがあったな?」


 バルクニルの奴、いつの間にかミスラの隣に移動していた。


「……ん。でもあれは精霊魔法の送還を防ぐことはできない」

「なに、理論は同じだ。我の魔力を貸す――それを使えば奴の送還を防ぐことができるであろう。我の力を使うのは不服か?」

「……ん、不服」


 ミスラは頷き、そして言う。


「……でも使う。礼は言わない」

「それでいい」


 バルクニルがミスラに魔力を与える。

 そして、ミスラが、かつてバルクニルを逃がさないために使った転移魔法を封じる魔法を展開させる。

 あいつの言っていることが本当なら、翠はもう消えたり現れたりすることができない。


「もう逃げられないぞ。素直に負けを認めたらどうだ?」

「まだだっ! たとえスクルドの力を借りなくても、貴様くらい私一人で倒してみせる」

「だったら覚悟しろ! 手加減はしてやるからな!」


 俺はそう言って白銀の剣を構える。

 踏み込みに力を入れ過ぎて、床が砕けるのを感じた。

 瞬きする暇も与えない、俺の本気の一撃だったはずだ。


「なるほど、スクルドの力だけじゃないのは事実だな。急所を躱されたか」


 俺は翠の背後に立ち、言った。

 彼の脇腹から血が噴き出る。


「でも、その傷で次を躱せるか?」

「まだだ! もう私は負けるわけにはいかない! そうでないと私は――」


 そして、翠は振り返って


「スクルド、貴様の――」


 何かを言おうとした――その時だった。

 黒い剣が現れて彼を貫き、そして消えた。


「なっ」


 突然の攻撃に、彼はなすすべもなく倒れていった。




 俺は咄嗟に彼を受け止めてヒールをかけた。

 だが、傷口が塞がらない。


「やれやれ、あれだけ援助して勇者にトドメを刺せないどころか、こうもいいようにやられるとは。所詮は半端ものということですか」



「仲間だったんだろ?」

「仲間? いいえ、彼は私の実験素材に過ぎません。悪魔と勇者、両方の力を扱える貴重な実験素材ですね」

「だったら質問を変える――なんでこの剣をお前が持ってるんだ」


 俺はスクルドが持っている剣を見て言う。

 その剣には見覚えがあった。

 忘れはしない――


「その剣は――別の男が持っていた剣のはずだ」

「……ほう、ワグナーと知り合いだったのですか。それは偶然。ところで、そのワグナーは、このような刺青をしてなかった?」


 そう言うと、彼は突然姿を変えた。

 現れたのは右頬にワグナーがしていたのと同じ刺青が彫られている銀色の髪の少女だった。

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