第214話 子どもが生まれるのは婚約先が決まったあとで

「な、な、な⁉」


 騎士隊長さん含めさっき九階層のボスを倒した人たちが声にならない声を上げている。

 ボス部屋にさっき倒したはずの敵がいたからだろう。

 そこにいたのは火吹きトカゲという大きな赤いトカゲ。


「どうして復活しているのだ!? 国宝級の水の魔石を使ってようやく倒したというのに」

「隊長、魔石はもうありません」

「姫様方を守れ!」


 騎士達がパニックになってる。

 ごめんなさい。

 とりあえず――


「ウォーターカッター」

「……水よ顕現せよ」


 俺とミスラの水の刃が火吹きトカゲを切り裂くと同時に、白い蒸気を生み出す。

 変温動物のくせに体は超高温のようだ。

 そりゃ騎士たちも困るよな。あんな奴なら近付いて戦えない。


 もっとも水魔法で体温が下がった今は――


「ダブルスラッシュ!」


 アムがいつの間にか武器をアイスソードに持ち替えて接近、二重の連撃で顔を切りつける。

 アムの奴、いつの間にそんな技を覚えたんだ?

 蒸気が氷となって火吹きトカゲを襲い、地面ごと凍らせた。


「ご主人様!」

「ああ――」


 俺は何も持たずに前に出る。

 そして――

 動かない敵には一番有効な武器――黒鉄の槌を全力で振り下ろす。


「パワースタンプ」


 氷が砕けると同時に火吹きトカゲの頭を潰した。

 地図から赤いマークが消える。

 上級ダンジョンといっても、弱点を突けば余裕だな。


「そんな、水の魔石があっても苦戦した火吹きトカゲが一瞬で」

「さすが勇者様だ」

「なぁ、あれなんだ?」


 騎士が宝箱に気付く。

 金色宝箱、銀色宝箱、茶色宝箱三つ――今回昇格は無しだ。

 アムとミスラとアイリーナ様が金色宝箱の前に待機している。


「アイナ?」

「シオンお姉さま、金色宝箱が出たらその前で待機するのが勇者様の世界の作法なのです」


 そんな作法はありません。


「なぁ、やっぱりこれは僕に開けさせてくれないか? 一つだけでいいから」


 マクールは茶色宝箱の前で待機している。

 宝箱沼の被害者が着々と増えているな。


「ああ、じゃあマクール、それ開けていいぞ。なんなら中身ももらっていい」

「本当か!? 嘘じゃないな!」

「ああ、うん、本当本当」


 ということで俺たちは金色宝箱に。


「じゃあ、今回はミスラが開けてみるか」

「……ん、ありがとう」


 ミスラが宝箱を開ける。

 そして、俺たちは宝箱の中を見る。

 入っていたのは――


「綺麗な石ですね」

「……凄い魔力」


 拳サイズの真っ赤な宝石。


「サラマンダーの核石だな」


 神棚に納めると神獣サラマンダーを召喚することができて加護を授かることができる。


「サラマンダー⁉ 大精霊ではありませんか!? その核石がなんでこんなところに?」

「勇者の能力ってことで納得してください」


 シオンティーヌ様が驚き尋ねるがそれ以上の説明はできない。

 ってあれ? 核石がなんか光ってない?

 神棚に納めないと効果がないはずなんだが――


「うわっ!?」


 突然光った核石は俺の手から離れ、アイリーナ様の指輪の中に入ってしまった。

 何が起きたんだ?


「…………」


 アイリーナ様はぼーっと指輪を見ている。

 何も言わない。

 俺だけでなく、その現象を見ていた皆がアイリーナ様の言葉を待つ。


「大精霊サラマンダー様と契約してしまいました……」

「へ?」


 その言葉の意味を呑み込むのに、どれだけの時間が必要だっただろうか?


「トーカ、聞いてくれ! 宝箱の中はペットフードだったんだ。さっきのパトラッシュって犬にあげてもいいか?」


 マクールが空気を読まずに尋ねたが無視する。

 精霊の核石は、力を失った精霊の姿だというのがゲームの中の説明だった。

 つまり、精霊の本体なのだ。

 もしもその中に精霊の意思があるのだとすれば、契約は可能だろう。


「申し訳ありません、トーカ様。貴重なものを」

「いや、まぁ別にいいんですが、アイリーナ様は身体に異変はないですか?」

「はい。サラマンダー様より火の加護を賜り、火属性のダメージを一切受けなくなった以外は影響ありません」


 完全火耐性って、凄い加護だな。

 神棚のサラマンダーを最大まで強化しても火属性のダメージ半減が最大の加護だったのに。

 

「アイナがサラマンダーの加護……これは次期王位はアイナのものかしらね。大精霊と契約したってだけで民衆の支持はうなぎのぼりよ」


 シオンティーヌ様が言う。


「シオン姉さま、王位はキールが継ぐべきです」

「いいえ、勇者の子孫でないことが民衆に知られた場合、その心をつなぎとめるにはそれに代わる実績が必要なの……そうね、さらにトーカ様と結婚してくれたら勇者の夫として王家は安泰なのですけど」


 アムとミスラが俺の前に出て警戒する。

 二人が出なくても俺の意思は変わらない。


「申し訳ありませんが、トーラ王国に嫁ぐつもりはないです。俺は毎日ダンジョンに潜って宝箱を開ける生活をしたいので」


 王様なんかになったら、絶対自由にダンジョンに潜れないからな。


「それなら子種だけでも――」

「種馬になるつもりはありません」


 それだと自分の子どもに自由に会えない気がするからイヤだ。


「そうね……なら、アムルタートさんかミスラさんとの間に子どもができたら王家に取り入れるしかないわね。安心して、うちの国は種族の違いには寛容なので、ヒュームでなくても王家に迎えることはできるわ」

「生まれてもない子どものことなんて考えられません」

「あら、勇者様。王族や貴族の間では生まれる前の子どもの婚約なんて普通のことですよ」

「俺は王族でも貴族でもありませんので」


 アムとミスラも何か言ってくれ。

 って思ったら――


「子ども……私とご主人様の子ども」

「……ん、悪くない」


 なんかフリーズしてる。


「ごほん……時間がありません、急いで地上に戻りましょう」


 隊長さんがそう言ったことで、ようやく話が終わった。

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