第213話 九階層のボス部屋に行くのは勇者と認められたあとで

 第一王女の名前はシオンティーヌ。

 今回のクーデターが起きたとき、第三王子とともに王城から脱出し、一部の騎士とともにコキスタン公爵の屋敷に逃げた。

 その時には既に城門の要所はムラハドに押さえられていたため、王都から逃げることができなかった。

 公爵家も私兵とムラハドに敵対する騎士たちによって守られているとはいえ落ちるのは時間の問題と思ったシオンティーヌは一部の騎士を引きつれ、公爵家の秘密の脱出口から抜け出し、ダンジョンの中に逃げのびた。

 この奥に王都から脱出するための経路があると聞いていたので藁にもすがる想いだったそうだ。

 もっとも、その脱出口が闇ギルドの本部に繋がっていることは知らなかったようだが。


「しかし、トーカ殿がアイリーナ殿下と一緒に行動しているとは思わなかった。トーカ殿には我が国の問題に巻き込んでばかりだ。本来であればトーカ殿には褒章を与えるように陛下に直訴する予定だったのだが」

「こんな事態ですから仕方ありませんよ。隊長さんはクーデター側にはつかなかったのですね」

「私は陛下に剣を捧げた。陛下に勇者の血が流れていようがいまいが、その誓いは決して変わることはない。それが騎士というものだ」


 隊長さんって忠義の人だな。

 隣でアムがうんうんと頷いている。

 俺が勇者であってもなくてもその忠誠は変わらないと思ってくれていそうだ。


「それに、俺たちは全員魔術師連中が気に食わないからな。あいつらの下にくだるなどまっぴらごめんだ」


 途端に騎士たちの魔術師の悪口合戦が始まった。

 あぁ、そういや以前も魔術師の悪口言ってたな。

 そっちが本音か。

 感動して損した気分だ。

 

「それで、シオン姉さま。お父様――陛下とキールはご無事なのですか?」

「はい……陛下は西の塔に幽閉されているそうです。後日、民衆の前で王家を簒奪した偽りの王として処罰するという情報が。それとアイク兄さまとレオン兄さまは……」


 シオンティーヌ様の言葉が詰まり、その目には涙が浮かぶ。

 アイリーナ様がシオンティーヌ様を抱きしめた。


「聞いています……申し訳ありません。お姉さまが辛い時、傍にいられなくて。それで、キールは?」 

「あの子は屋敷に残っています。陛下の処刑の日、残った兵たちが蜂起して陛下を救出する算段をつけています。キールがいないと兵の士気に関わりますから。本当は私も残りたかったのですが、キールが私には陛下の救出に失敗したとき、各地の貴族を纏めて王家を取り戻してほしいと。幸い、南部の貴族たちはムラハドに対して快く思っていない貴族が多いはずです。彼らの力があれば」

「シオン姉さま……そのことなのですが」


 アイリーナ様はトランデル王国が宣戦布告し、それと同時にブスカの手引きで南部の貴族が寝返ったことをシオンティーヌに伝えた。


「そんな……」

「大丈夫です、シオン姉さま。陛下を救出しムラハドを討てばきっと戦争を停められます。それに、こちらのトーカ様は本物の勇者様です」

「勇者様⁉ それは本当なのですか?」


 シオンティーヌ様の目を見る。

 これまでは、「ただ召喚されただけです」って言ってきたわけだけど、ここで否定できる雰囲気じゃない。


「ええ……アイリス様から命を受けています。陛下の救出をするようにって。だから俺はここにいます」

「女神アイリス様の⁉ それは事実ですか?」

「はい。その後のことは具体的には言われていませんが、それが女神様の意思であるとお伝えします」


 一応、勇者とは名乗っていない。

 嘘は一切言っていない。

 でも、これって、ある意味勇者って名乗るよりも大ごとな気がする。


「殿下――トーカ殿が勇者であるのは事実かと思われます。私も彼と行動を共にしたことがありますが、この御仁の強さは尋常ではありません。また、我々も命を救われました。この方が勇者であるというのであれば私はむしろ納得します」


 隊長さんが俺を勇者と認める。

 俺は一言も自分が勇者だと言っていないのに。

 これ、もう掘を埋められていないか?

 少し話題を変えよう。 


「ああ……この先の出口なんですけど、闇ギルドの本部に繋がっています。闇ギルドのマスターのターメルは俺たちについてくれたんですが、俺たちが闇ギルドにいたことがバレてしまったようで、たぶん敵さんたちが調べています。このままここを進めば鉢合わせになってしまいます」

「いいえ、勇者様が我々についてくださるというのであれば、国を脱出する場合ではありません。キール王子と合流し、いまこそ陛下をお救いするときです」


 シオンティーヌ様の切り替えは速かった。

 アイリーナ様といい、この即決即断は王族の資質というやつなのだろうか?


「行きましょう。時間がありません」

「ええ、そうですね。とりあえずボス戦前に、皆さんを回復しますね……エリアヒール」


 傷ついた兵たちに回復魔法をかける。

 何気に使うの初めてじゃないか?

 ボス周回しまくってるせいでポーションやハイポーションが山ほどある上に、ちょっとやそっとの敵じゃ俺もアムも怪我しないもんな。

 ミスラは安全な場所にいて敵を近づけさせないようにしているし。


「ありがとうございます、勇者様。でも、ご安心ください。ここまでのボスは全員倒してきましたので、暫く復活しませんよ」


 あぁ、ごめんなさい。

 俺たちが一緒だから、絶対ボスは復活してます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る