第211話 白銀は黒鉄のあとで

『トランデル王国がトーラ王国に宣戦布告をしたのです』


 突然のポチの言葉に緊張が走った。

 このタイミング。

 トランデル王国の上層部がクーデターについて知ったのは間違いないだろう。


「まさか、俺たちがアルフォンス様に話したから?」

「彼がそのようなことをするでしょうか――」


 だが、アイリーナ様は俺の予想に懐疑的だ。

 アルフォンス様はアイリーナ様に協力的だった。こうなる可能性がある以上、クーデターについて話すとは思えない。

 俺も信じたいが。


「それに、いくらなんでも早すぎます」

『情報を持ってきたトンプソンさんの話によると、トーラ王国の南側の諸侯の一部が、王家を裏切った現政権に対する報復するという名目でトランデル王国に協力しているようなのです。まるで、今回の宣戦布告に呼応するかのように――』

「その貴族の名前はわかるか?」


 ターメルが尋ねた。

 ポチがパトラッシュを通じて貴族の名前を告げていく。


「その諸侯連中――どいつもこいつもブスカと深いかかわりのある連中ばかりです」

「ブスカがっ!?」


 そういえばブスカは今回のクーデターに関わっていないってことですっかり忘れていたが。

 あいつ、国境で止められたって話も聞かないし、俺たちより先に本国に帰ったとしたら、自由都市経由で帰ったのなら俺たちより先に王都についているはずだ。

 なのにここまで一切情報が入ってこないってのはどういうことだ?


「勇者様。我々がアイリーナ姫を狙ったとき、その情報を持ってきたのが弟のバスカだってのはご存知でしたか?」

「ああ……でも俺たちの予想だと狙ったのは姫ではなく俺だったと」

「その通りです。今回の件でもしもあなたが死ねば、トランデル王国との話もアイリーナ姫からの話も全て白紙に戻る。そうすればラン島を自分のものにできる。そう思ったのでしょう」


 どうやら俺たちの予想は当たっていたようだ。

 しかし、それでは終わらなかった。

 闇ギルドはその情報を国の情報部に伝えた結果、姫の暗殺依頼が下った。

 そして、その話は当然、ブスカにも伝わった。

 姫の動向を探らせるために。

 しかし、ブスカからの返事はなかった。

 今回のクーデター、ブスカには全く伝えていなかった。

 ムラハドはコネだけで成り上がったブスカのことが気に食わなかったから、仲間に加える気が無かったのだ。

 そのことをブスカも気付き、そして――


「トランデル王国についたのですね……懇意にしてる諸侯たちを寝返らせることを条件に」


 アイリーナ様が嘆息とともに言う。

 コネだけで成り上がったって言ってたが、逆に言えば、宮廷魔術師に成り上がれるだけのコネを持っているってことだもんな。

 俺もムラハドもブスカのことを甘く見過ぎていたようだ。

 トランデル王国とトーラ王国は休戦協定を結んでいたが、それはあくまでトーラ王家との協定であり、クーデターが成功したいまとなっては、そもそもその協定が無効になっている。

 寝返った諸侯たちも、単純に寝返ったとなったら売国奴のレッテルを貼られるが、しかしクーデターのことを知った今となっては、王家を武力で制圧した現政権に対する報復とすれば言い訳が立つ。


「ブスカの奴にまんまとやられたな」

「ご主人様、とにかく急ぎましょう。ムラハドを倒して陛下を救出し、クーデターを失敗させれば」

「……寝返った諸侯たちの大義名分も破断になる」


 アムとミスラの言う通りだ。

 これは急がないとな。


「ターメル、案内を頼む」

「任せてください」


 俺たちはダンジョンを進んだ。

 さすがは上級ダンジョンだ。

 俺、アムは余裕だし、ミスラはまだ耐えられるがアイリーナ様とマクールは危ないな。

 マクールが盾代わりに出してたゴーレムが一体、倒されたし。

 ここまで来ると常にスポットライトが必要になってくる。

 逆にターメルは結構強い。

 さすがあ闇ギルドの長だ。

 彼の武器は細剣で、適格に相手の急所のみを攻撃している。


「もしかして、ターメル一人でもこのダンジョンをクリアできるのか?」

「いいえ、無理ですね。いつもは何人もの部下とともに、しかも犠牲を出しながら進んでます」


 かなり危ない橋なんだな。

 アイリーナ様は少し苦い顔をしている。

 まぁ、この道を通った回数だけ、違法な何かが行われていたってことだからそうなるよな。


 さてと――俺もそろそろ行くか。

 出てきたのは人型の黒い影ダークリザードマン――闇属性の武器を持つリザードマンだな。

 リザードマンの亜種の中では最上級の敵だ。

 俺は新たな剣を取り出す。


「ご主人様、その剣は?」

「黒鉄の剣の次段階、白銀の剣だ。ちなみに、銘は《ハンニバル》だ」

「銘があるんですね。とても素敵な名前です」


 聖剣には黒鉄の剣までは通常の名前しかなかったが、四段階目――剣だと白銀の剣からは自由に銘を設定できる。

 それによって能力値に変化はないのだが、気分的に盛り上がる。

 デフォの名前もないので、ここで結構趣味が出る。

 そこで、剣にカルタゴの将軍の名前を付けた。

 俺はダークリザードマンにこの剣、ハンニバルで立ち向かう。

 ダークリザードマンの黒い剣と俺のハンニバルがぶつかった。


 身体が思ったより良く動く。

 剣術の技能がだいぶ上がってきたお陰だな。

 日本に戻れたら、剣道で金メダルを狙える気がする。


「胴っ!」


 剣道家の気分で、俺はダークリザードマンの腹を切り裂いた。

 幾ら切れ味のいい剣とはいえ、金属製の胸当てごと真っ二つになるダークリザードマンを見て、日本に戻っても剣道家になるのはダメだと思った。

 竹刀で対戦相手を殺しかねない。

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