第207話 脱出は王家の罪を知ったあとで

「それは嘘です。いまの王家に勇者様の血は流れていません。とっくに王家は断絶しているのです」


 闇ギルドの長のおっさんはそう言った。

 あぁ、そういうことか。

 例えば、昔の王妃が浮気をして別の男の子どもを宿したとか、子どもに恵まれなかった王様が、よその子を自分の子と偽って育てたとかそういう話だろう。

 それが普通の家だったら別にそういうこともあるのではないかと思ってしまうが、勇者の子孫であると言っている以上、それは問題になる。


「アイリーナ様は知っていたのですか?」

「いいえ、知りませんでした。しかし――」

「……その可能性には気付いていた?」


 ミスラの奴が聞きにくいことをズバッと質問し、アイリーナ様は黙って頷いた。

 かつての勇者は俺と同じ黒髪であり、その後も黒髪の者を王位に継がせるようにしてきた。

 しかし、ある代を境に、王の髪は今のアイリーナ様と同じ金色の髪の者となり、その後黒髪の王は生まれなくなったそうだ。

 アイリーナ様はそこから、きっと勇者の血は途絶えたのだろうと推測したらしい。

 でも、それなら勇者の血を持つ黒髪の女性を王妃として迎え入れればいいのではないかと思ったが、その最初の金髪の王が誕生したとき、黒髪の人間が王族であるなしに関わらず、様々な罪に問われて次々に処刑されていたそうで、黒髪の人間はトーラにはいないのだという。

 中には黒髪であることを隠すために脱色したり髪を全て剃ったりしたものもいたそうだが、それでも発見されて処刑された。

 恐らく、その最初の金色の髪の王は、自分が正当な勇者の子孫ではないことを知っていたのだろう。

 だから、自分、もしくは自分の子孫たちがその本物の勇者の子孫に王位を奪い返されないように全員殺すように命じた。

 これがアイリーナ様の予想だ。

 そして、おおむね間違っていないのだろう。


「ムラハドはその証拠と、そして本物の勇者の子孫を連れてきました」

「本物の勇者の子孫……それは本物なのですか?」

「ムラハドの言っている言葉に嘘はありませんでした」


 ムラハドがその勇者の子孫や別人間に騙されている可能性はあるが、少なくとも、彼自身はそれが真実だと思っているということか。

 クーデターの理由としては正当なものだな。

 しかし、本当にそうなのか?

 アイリス様は今の王様を助けるように俺に告げた。

 いくら俺がアイリーナ様と親しくしているからといって、女神がそれだけでアイリーナ様の味方をするように告げるだろうか?

 何か裏があるのではないだろうか?


「闇ギルドのマスターさん……ええと」


 そういえば、おっさんの名前を聞いていなかったな。


「ターメルです」

「ターメルさん、とりあえず現状を色々と聞きたいのですが――」


 とりあえず、クーデターの現状について知りたい。

 俺はターメルから事情を聞くことにした。

 クーデターが起きたのは、四日前。

 宮廷魔術師団と軍部の一部が王城を占拠。

 その場で、王位継承者である第一王子、第二王子は殺された。

 第一王女、第三王子は騒ぎに乗じて王城を脱出し、国王派の兵士たちを集めてコキスタン公爵の屋敷に立てこもっている。

 国王陛下はムラハドによって囚わの状態であると。

 何故殺さずにいるのかはターメルも知らないらしい。


 ちなみに、国民のほとんどはクーデターが起きたことを知らないらしい。

 やけに城門の警備が強化されたとか、物流が滞っているとか、軍の様子がおかしいとか妙だと思っているだろうけれど。


「あの、ターメル様……師匠――スクルド様の情報は知っているでしょうか?」


 ターメルは首を横に振った。

 行方知らずの宮廷魔術師第一席か。

 アイリーナ様の師匠で、このクーデターを予言し、王都に向かって行方知らずになったが、情報は入っていないのか。


 とりあえず、コキスタン公爵の屋敷に行くのは決定だな。


「――っ!? 敵が近付いてくる。かなり多い」


 さっきここから出て行った奴がムラハドの派閥の連中に報せて、アイリーナ様を捕まえにきたのか。

 くそっ、いまにも取り囲まれそうだ。

 誰も傷つけずに逃げられるか?


「戦いますか?」

「……やる?」


 アムとミスラは剣の柄と杖の柄を握って尋ねる。

 俺の彼女は二人とも物騒だ。

 毎日のようにダンジョンに行っていたので戦い癖がついたのか。


「脱出経路がある――案内しよう」


 ターメルは厨房の床下収納っぽい場所を開いた。

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