第206話 王の嘘を知るのは国の成り立ちを知ったあとで

「さて、どうします? このままだと闇ギルドが私達を匿っていたという噂は直ぐに広がりますよ。このギルドにいる人たち全員に口止めしますか?」


 酷い話だ。

 全員に口止め?

 そんなこと本当にできるはずがない。人の口に戸は立てられないのだから。

 むしろ、口止めをすることで闇ギルドがアイリーナ様を匿っていたのが事実のような印象を抱かれかねない。

 そもそも、地図を見るとさっき厨房に来た奴のうち何人かが店から出ていった。

 どこに行ったのかはわからないが、だが、こんな時に出ていくということは、今見たことを誰かに伝えに行ったのだろう。


「どうでしょう? これまでのことは水に流して、私についてくれませんか? 厄介な人がここに来る前に――」

「…………がはっ」


 突然、おっさんが吐血した。

 ストレス? 毒? 自決⁉


「契約魔法だ……姫についた場合の利点を考えただけでこれだ。ムラハドは裏切りを許さな――」

「……ディスペル」


 話を遮り、ミスラが魔法を使った。


「トーカ様、体力回復を」

「ヒール」


 契約を破ったことにより発動した契約魔法の呪いを解呪し、呪いのせいで減った体力を回復させる。

 おっさんの目が点になる。


「何をした? この契約魔法は通常奴隷契約の時に使われるものとは違う特別なもので、発動したら最後、治るはずのない闇の契約なのだが」

「ただの解呪魔法だよ」

「ただの……? お前たちは一体何者なんだ?」


 俺はただの村長だ。

 そう言おうとしたら――


「この方は勇者様です」


 アイリーナ様が突然言った。


「おい!」


 思わず声を上げてしまった。


「そうおっしゃいましたよね?」

「異世界から召喚されただけです」

「なんだとっ!?」


 おっさんがすごむ。

 もしかして、勇者に恨みがあるのか?


「だったら、アイリス様にお会いになったのか!? ですか!?」

「あ、あぁ。時々啓示も貰ってる。国王救出もアイリス様からの依頼のようなものだ」


 もうヤケだとばかりに語った。

 そんなこと言っても信じてもらえないだろう――そう思ったが――


「嘘ではない……真実なのか。アイリス様が」


 おっさんが突然涙を流して天を仰いだ。

 急に泣き出して怖いんだが。

 正直、怖い。

 変な薬でもやっているんじゃないかと思うほどの感情の変化だ。

 一体何なんだ? って思ったら、アイリーナ様がこっそり教えてくれた。


「この方はアイリス様の熱心な信者なのです」

「熱心な信者がなんで犯罪組織のトップに?」

「国を良くするためには、必要悪というものがあるのを、彼はなによりも理解しているのですよ。それと、虚実看破の能力を持っていますから、トーカ様の言っていることが事実だとわかったのでしょう」


 虚実看破――ポットクール商会のアルフレッドさんが持っている、嘘かどうかわかる能力か。

 って、アイリーナ様、闇ギルドの場所はわからないのに、トップのことは詳しいんだな。

 もしかして、最初から俺が異世界から来たことをこのおっさんに伝えることで懐柔しようとしていたんだろうか?

 そう思って尋ねたのだが、アイリーナ様はニコッと笑うだけで、肯定も否定もしなかった。

 言うまでもないってことね。


「でも、そのような方が何故クーデターに協力を?」

「そうだ! アムの言う通りだ。納得しかけたけど、信心深くて、必要悪だって闇ギルドの長をしている人がなんで?」

「王の嘘を知ったからです」


 王の嘘?

 そういえば、マックルもそんなことを言っていたな。


「なんなんだ、王の嘘って」

「そうですね……トーカ様には聞いていただく必要があるでしょう。トーカ様はこの国がどのようにできたかご存知ですか?」


 俺は首を横に振る。

 国の歴史とか全く知らない。


「時代は遥か昔、この地に魔王が現れたときにまで遡ります」


 魔王――言葉だけは聞いていたけれど、詳しいことは聞いていない。

 かつてこの世界にあった転移魔法とかを使うことができた先史文明を滅ぼしたのもその魔王だって話だな。

 蒼剣に出てくる、ガラクタが大好きなガラクタ魔王や、中ボス扱いの魔王ではない、正真正銘凶悪な魔王なのだろう。


「魔王は各地にダンジョンと呼ばれるものを生み出し、そしてそこから溢れた魔物によって人類に牙を剥きました。そのせいで、当時この大陸にいた人間、亜人の半数以上は死んだと言われています。そんな中、魔王に対抗するために行ったのが、この周辺を統治していた魔導都市トラルグによる勇者召喚です。勇者により魔王は討伐されました。しかし、魔王が討伐されても、魔王が呼び出した魔物は消えませんでした。そこで、魔導都市トラルグは自国の首都に魔物を呼び寄せる魔法を展開させ、そして国ごと魔物を封印したのです。それが現在の死の大地と呼ばれている場所になります」


 死の大地――魔物が封印されているって聞いていたけれど、そういう経緯があったのか。

 俺が結界の中に入ったときはそんな凶悪な魔物なんていなかったけれどな――いたのはスライムだけだった。

 もしかして、長い間封印されている間に、餓死してしまったのだろうか?


「魔王との戦いの後、トラルグは三つに分かれました。勇者召喚に成功した神官たちが興したブルグ聖国、当時魔王と戦った騎士たちの国トランデル王国、そして魔術師の生き残りが興したトーラ王国です。そして、トーラ王国の初代国王は、異世界から召喚された勇者様であり、その証として、王族のみが女神アイリス様から賜った王家の指輪を装備することができる。そう言い伝えられています」


 アイリーナ様の持っている指輪はそういう指輪だったのか。

 てことは、アイリーナ様は日本人の血が流れているのか。

 全然そんな風には見えないけれど、そう聞くと親近感が――って、さっき嘘って言ったよな?

 まさか――


「それは嘘です。いまの王家に勇者様の血は流れていません。とっくに王家は断絶しているのです」


 闇ギルドの長のおっさんはそう言った。

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