第203話 王都に入るのは裏口に行ったあとで

 トーラ王国の王都が見えてきた。

 大きいな。

 まぁ、現代日本にいた俺にとってはそれほどでもないが、なにしろ死の大地周辺には村と呼べる場所しかなかった。

 一番大きいのは自由都市だったが、それと比べても遥かに大きい。


「トーラ王都の人口は1万2千人、大陸の都市の中でも五本の指に入る大都市です」


 干物の箱の中に入っているアイリーナ様が言う。

 彼女の説明によると、中央にあるのが王城であり、その南が貴族街、東が学園区、西が魔術師区、北が教会区となっている。

 さらに、商業区や居住区や職人区などもと分かれているらしい。

 と、アイリーナ様が懇切丁寧に説明をしてくれる。

 とてもありがたいのだが、全部木箱から聞こえてくるので、もう情報を提供してくれる便利なアナウンスボックスのようにしか見えない。

 このまま王都に入りたいのだが、城門には大行列ができている。

 都内でも一番人気のラーメン屋や、テーマパークの3時間待ちのアトラクション以上の行列だ。

 これは中に入るだけでも何時間もかかるぞ。


「検問が厳しく通行が厳しいのでしょう……全ての荷物をチェックしているのかもしれまんせんね」

「では、このままいけば――」

「ここに私が隠れているのもバレるかもしれません」


 いままでの検問の検査は、獣人の嗅覚頼りのザルなものだった。

 しかし、見たところ小さな馬車一台あたりの検査の時間は十分ほど。

 それだけの時間チェックをするとなると、荷物の中を調べていてもおかしくない。

 ここまで検査に時間を掛ければ、流通にも支障が出るが、それでも誰かを中に入れたくないんだろう。

 その誰かとは、アイリーナ様だろう。


「トーカ様、申し訳ありませんが、予定を変更します。北のスラム街に向かってください」

「スラム街ですか?」

「ええ。そこに闇ギルドがあります」

「闇ギルド……ですか」


 トーラ王国の闇ギルドといえば、アイリーナ様の命を狙った殺し屋たちを派遣してきた連中だ。

 そんなところに何故?

 王都に入る前にぶっ潰すってわけじゃないよな?


「彼らなら、王都の中に入る方法も知っているでしょう」

「――っ!? アイリーナ様、しかしそれは危険なのでは?」

「……ん、闇ギルドは王家を敵に回すと決めた。そんな状態でアイナが行ったら、間違いなく捕まえようとするはず」


 アムとミスラが反対意見を出す。

 俺も同じ意見だ。

 闇ギルドってだけで近付きたくないのに、敵となるとさらに御免だ。

 敵対派閥のヤ〇ザ事務所に乗り込むようなものだろ?


「城門で私が隠れているのがバレたら、間違いなく戦いになります。城門にいる兵たちは政権の交代に振り回されているだけの一般兵。彼らを傷つけたくはありません。それに、闇ギルドならばクーデターに関する詳しい情報も持っているでしょう」

「……本気ですか?」

「ええ、本気です。それに、トーカ様は言っていらっしゃったではありませんか。いざとなったら――」

「帰還チケットで帰ればいい……確かにそうですが」


 それに、アイリーナ様の言う通り、計画に失敗して戦いになったとき、一般兵を傷つけることを考えるなら、闇ギルドの連中と戦った方がまだマシだ。

 ただ、村長さんをこれ以上危険に巻き込むわけには――


「村を出るとき、もしもの時は頼むと息子に託してきました。儂のことは心配なさらないでください」

「……わかりました。村長さん、このチケットを渡します。危なくなったらこのチケットのここを破ってください。俺の村に転移できる魔道具です」

「転移……? ……⁉ そのような貴重なものを――いいのですか?」


 村長さんは一瞬何を言っているのかわからない顔をしたが、直ぐにその意味に気付く。

 普通なら信じられないような話だろうけれど、こんなときに冗談を言うわけがないと彼も思ったようだ。

 嘘を吐くにしてももっとバレない嘘を吐く。


「貴重ではありません。いっぱいありますので」

「わかりました。本当に危ない時には使わせていただきます」

「はい。といっても、悪人十人に囲まれた程度ではアブなくありませんが」


 と俺は村長さんにではなく、自分自身に言い聞かせる。

 そうだ、今の俺なら悪漢数十人に囲まれたところで危なくはない。

 そう思い、スラム街に向かったのだが――


 スラム街を地図で見ると、赤いマークの数が数百はあるんだよな。

 こいつらが一斉に襲い掛かってきたら、流石に危ないぞ。

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