第202話 王都は検問を越えたあとで

 トーラ王国の岬に出た俺たちはひとまず情報を集めるため、近くのハンバルの漁村に向かった。

 そこで何か情報が得られたらいいと思ったのだが、村人たちは情報どころかクーデターが起こったことすら知らない様子だった。

 ただ、軍船が近くの海峡に停泊していることには気付いていたらしく、警戒はしていたそうだ。

 村人たちは俺のことを覚えていたらしく、ショーユの兄ちゃんと呼ばれて村人たちに迎え入れられ、魚をご馳走になった。

 もう夜も遅いので宿を取ろうと思ったのだが、今日は満室らしい。

 ラン島経由で貿易船に乗って別の大陸に行こうという旅人の一行が、渡し船が来る日まで待機しているらしい。どうやら渡し船が来る日を知らなかったようだ。

 以前、ポチがお世話になりそうになった馬小屋なら空いているって言われたけれど、さすがに姫様を泊まらせるわけにはいかないなって思ったら、話を聞いた村長が自分の家に案内して泊まらせてくれることになった。


「トーカ様は有名人なのですね」

「美味しい魚介類の食べ方を教えただけですよ」


 ほとんどはポチとウサピーの手柄なんだけどね。

 二つ借りた部屋のうち、男部屋で五人揃って作戦会議をしていた。

 問題はここから王都に行く途中にある二つの検問所。

 そこをどう通るか。

 迂回して山道を通るとかなり時間をロスするし、かといってムラハド側の人間が警備をしている可能性がある以上何の対策も練らずに通過するのは難しい。

 強行突破という手はできれば使いたくない。

 さて、どうしたものかと考えていたら――


「しっ、村長が来ます」


 地図で村長が来るのを確認した俺は、会話を中断させる。

 秘密の話をするときも地図はとても便利だ。


「皆様、お湯をお持ちしました」


 村長はそう言って、お湯の入った桶とともに部屋に来た。


「ありがとうございます」

「いえ……ところであの、もしかして、アイリーナ姫ではございませんか?」


 その瞬間、緊張が走った。


「やはりそうでしたか。私は定期的に馬車で王都に魚の干物を売りに行ったことがありまして、その時に拝見したことがあるのです。といっても絵でしか確認できませんでしたが――いやぁ、お忍びだと思って外では声を掛けられませんでしたが、いやぁ、姫殿下が我が家に泊ってくださるなど、とても光栄でございます」


 村長が家に招いてくれたのは俺の人徳ではなく、アイリーナ様のお陰だったのか。

 俺、めっちゃ恥ずかしいじゃないか。


「村長、どうか私のことは御内密に」

「ええ、もちろんです……あぁ、離れて暮らす母にだけ言ってもいいですか? それと、できれば王都で買った絵姿にサインを頂きたいのですが」

「はい、そのくらいでしたら」


 アイリーナ様は慣れた様子で了承した。

 まるでアイドルみたいだな。


「村長、いま干物を王都に運んでいると仰いましたね? 次はいつ運ぶんですか?」


 アムが何かに気付いたように尋ねる。

 ってそういうことか。


「そうですね、十分集まりましたからそろそろ運ぼうと思います」

「村長。実は――」


   ▼ ▽ ▼ ▽ ▼


 王都近くの検問所を俺たちは通過した。

 検問所にいる衛兵の数がいつもより多く、チェックも厳しくなっているらしい。

 人相書きが出回っていて、日よけにフードを被っている人間、特に女性を重点的に調べられたことから、アイリーナ様のことを警戒しているのは明らかだ。


「荷物はなんだ?」

「はい、ハンバルの村の名産の干し魚です。王都に売りに行くところです」

「やけに護衛が多いな」

「村の近くに山賊が出るもので」


 荷物をチェックするのは獣人だ。

 たとえ荷箱の中に隠れていても人の匂いでわかるのだろう。


「ああ、魚の匂いしかしない。くぅ、うまそうな匂いをさせやがって」


 猫獣人の男が喉を鳴らして言う。


「よろしければ一枚どうぞ。仕事終わりにお召し上がりください」

「おっ、催促したみたいで悪いな」

「おい、ちゃんと調べたのか? 干物の匂いに紛れて見逃しましたってんじゃタダじゃ済まんぞ」

「おいおい、獣人の鼻を舐めるなよ。たとえ干物の匂いがうまそうでも、中に野ネズミ一匹でもいたら絶対に見逃さない、いや、嗅ぎ逃さないのが俺たちだぜ」


 そう言って自慢気に鼻を鳴らす。

 結果、俺たちはすんなり検問を通過することができた。

 そして――


「もう大丈夫ですよ、無事通過しました」


 俺は干物の入っていた木箱のさらに下に隠れているアイリーナ様に声をかけた。

 そして、二重底になっている木箱の中からアイリーナ様を出す。


「ありがとうございます。しかし、こうも簡単に検問を通過されると、国を預かる者としてはいささか複雑な心境です」

「まぁ、獣人の鼻に頼っていたのが原因の一つですね」


 トーラ王国の検問で荷物をチェックするのは獣人だ。

 彼らの鼻があれば、まず怪しい荷物や人間の匂いが瞬時にわかる。

 特に人間の匂いは絶対に嗅ぎ逃さない。


 しかし、それは匂いがあればの話だ。

 まさか、ラフレンキノコが落とした消臭剤がこんなところで役に立つとはな。

 本当は、王都に向かう途中、お風呂に入れなかったらこれを使って臭いを消そうと思って持ってきただけなのだが。


 さて、検問も無事に抜けたし……いよいよ王都は目の前だ。

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