第197話 行動開始はクーデターを確認したあとで

 アイリーナ様の護衛だけのつもりが、クーデターという随分と大きな話になってしまった。

 アイリーナ様もショックを隠せないようだ。

 師匠を失い、そして家族も。

 現在の状況が分からないのが辛いな。


「いったい何が正しいのか……」


 マックルが嘘を言っているかもしれない。

 だが、その可能性が低いことも彼女はわかっているだろう。


 村に帰っていろいろと調べないといけないな。

 帰還チケットを使って帰れば一瞬で村に戻れるのだが、仲間ではないマックルや殺し屋たちを放ってはおけない。

 殺し屋たちはブスカが殺しの依頼をしたという重要な証人だ。

 もっとも、既にクーデターが起きているのが事実なら、暗殺依頼の証拠とかを揃えても意味がないのだけれど。


「でも、ブスカの奴はなんでクーデターが起きるっていうのに俺たちのところに来たんでしょうか? それどころじゃないでしょうに」


 アイリーナ様の命を狙うためじゃないよな?

 彼女が村にいるのを知ったのは昨日のはずだ。


「理由は三つ考えられます。まず、第一に、クーデターが起きた際に問題となるのは他国からの介入です。そのため、国境を封鎖するでしょうが、海を完全に封鎖するのは難しいです。ラン島に転移門があるのは知られていますから、トランデル王国の兵が転移門を使ってラン島を訪れ、そこから船を使ってトーラ王国になだれ込んでくることを警戒したのでしょう」

「てことは、クーデターが本当に起きているのなら、海の封鎖は無理でも、ラン島南部の海峡に可能性が高そうですね。ポチ――」

『はいなのです。ラン島の南に軍船が停留していないか調査に行かせるのです』


 これで軍船が停まっていたらクーデターが起きている可能性が高いと。


「それで、他の理由は?」

「目に見えた成果が欲しいのでしょうね。クーデターに成功しても、国民に納得させるのは難しいです。ですが、目に見える成果があれば、新しい政府に期待を持つ声が高まるかもしれません。実際、ラン島の発展により、ラン島を手放したのは王の失策だったという声も上がっていましたので。ラン島を手中に収めれば、少なくともその利権にありつこうとする商人を懐柔することはできます」

「なるほど……」

「最後は、これまでの話を否定する理由ですが、ブスカは何も知らないのかもしれませんよ」

「……へ? でも、暗殺依頼をしたのはブスカですよね? クーデターについて知らなければ暗殺依頼なんてしてこないのでは?」

「いえ、違います。依頼をしたのはバスカです」


 同じことだと思う。

 ブスカから報せを受けたバスカが、姫の暗殺依頼をしたと。


「ブスカからバスカに私の居場所がバレたのは間違いないでしょうけれど、殺しの対象は私ではなく村長であるトーカ様だったのかもしれません。私達が去ったあとで、トーカ様が死んでしまい、その罪をトランデル王国の人間に擦り付け、双方の関係を破壊しようとした。でも――」

「王都にいるブスカは既にクーデターが起こっていることを知っていて、姫を殺すことが一番の手柄になると考え、闇ギルドと相談して俺ではなく姫であるアイリーナ様の暗殺に切り替えた……いや、でもブスカって宮廷魔術師ですよね? 宮廷魔術師が起こしたクーデターなのに、宮廷魔術師のブスカが知らないってあり得ます?」

「はい、今回のクーデターの首謀者は宮廷魔術師第二席ムラハドでしょう。ムラハドは極端なまでの実力主義の人間です。能力を持たず、謀略と賄賂で第四席にいるブスカを快く思っていませんから」


 それを聞いていたマックルも頷く。


「スクルド様もクーデターが起きた際、ブスカについては考えなくていいと言っていたそうだ。むしろ、クーデターに乗じて彼も殺される可能性がるとも」

「酷い扱いだな……」

「《ドラゴンを敵に回してもゴブリンを味方に付けるな》って諺もありますから」


 ナポレオンの《真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である》って名言みたいなものか。

 クーデターした魔術師たちもブスカが邪魔だったのだろう。


「とにかく一度村に帰りましょう。全てを鵜呑みにするわけにもいきませんし、いろいろと確かめないといけませんから」

「ああ。殺し屋たちをつれてくるよ」


 こうして、俺たちは殺し屋とマックルを連れて村に帰った。

 村に牢屋はないので、彼らはとりあえず迎賓館に軟禁することにした。

 今回のクーデターの話はアルフォンス様にとっても寝耳に水のようだが――

 そして、ポチからの報告が――


「主、犬属のブラックウルフに確認させたのです」

「あの狼、まだ犬属のままだったのか。それで?」

「島の南の海峡に、軍船が二隻確認できたのです」


 海峡に山賊が出ても全く対処してこなかったのに、ここに来て軍船か。

 百パーセントではないが、しかしこれでクーデターの可能性はかなり高くなった。

 それを聞いたアルフォンス様とアイリーナ様は話を進める。


「クーデターは既に起きていて、しかも軍部も抑えられているってことですね」

「ええ、そうなります。アルフォンス殿、このことを急ぎ陛下にお伝えください」

「わかりました。しかし姫は? ボナメ公国に向かわれるのですか?」

「いえ、私はトーラ国内に向かいます。クーデターは既にほぼ成功したとみていいでしょうが、王を支持し、いまも戦っている人がいるかもしれません」

「危険です! そもそも、国境が封鎖されているのに、いったいどうやってトーラ国内に入るつもりですか!」


 アルフォンスが叫ぶ。

 が……俺はその時、思いついてしまった。

 トーラ国に忍び込む方法を。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

申し訳ありません、本日より1日1話更新とさせていただきます。


それとは別に、

『遊佐紀リンと四つの能力』という新連載を今日から毎日1話(初回のみ2話)更新します。

主人公の妹、遊佐紀リンのお話で、現時点よりこの作品の第1話から1年後

(日本時間で4年後)の同じ世界での話です。


もし興味がある方は、そちらでもよろしくお願いします

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