第196話 殺し屋の処罰は全てが終わったあとで

「それでどうする? 話せることは全部話したぞ。本当に金を払うのか? それとももう用無しだから全員殺すか?」


 男は自嘲気味にそう言った。

 彼はわかっていた。

 俺たちの方がこいつらより遥かに強いことを。

 戦ったら負ける。

 だから、一縷の望みに賭けて、俺たちにつくことにした。

 彼らが今更俺たちと敵対しようとしていないのはわかる。

 地図でもさっきまで赤いマークが十個あったのに、いまは九つの白いマークに変わっている。

 現時点で敵意がない証拠だ。


「アイリーナ様、どうします?」

「彼らの身柄は一度村で預かってください。この問題、かなり危ないかもしれませんので、彼らには是非証人になっていただきたいです」


 そりゃ、暗殺依頼ですから危ないのは当然だろう。俺たちがいたらこの程度、全然危なくないが。

 ……いや、待てよ?

 考えてみれば、なんで闇ギルドは王族の暗殺依頼なんてものを斡旋できたんだ?

 そんなことが露見すれば、闇ギルドは国そのものを敵に回しかねない。

 本来ならそんな依頼を受けることも斡旋することもしないはずだ。

 闇ギルドにそんなリスクを冒す理由はなんだ?

 国を敵に回してもいいような大金……って、個人ならまだしも組織を危険に晒すレベルの大金をブスカが用意できるのか?

 無理だろ。

 だとしたら、宮廷魔術師の権力――も同様だ。

 ブスカの方が偉いっていうのなら、迎賓館でアイリーナ相手に怖気づいたりしなかったはずだ。


 詳しい事情を知りたいが、こいつらは所詮は使い捨ての駒だろう。

 だったら――


「こいつが何か知ってるかもな」


 ゴーレムマスターであるこいつなら――

 見た目は二十歳くらいの優男って感じで、強そうには見えない。

 でも、強そうに見えないのはお互い様か。

 回復魔法はもう使ったので傷は癒えている。放っておいてもそろそろ目を覚ますはずだが、万能薬を使って気絶状態を無理やり解除させるか?


「ん……」


 と思ったら、男が意識を取り戻した。

 彼は眼球を動かし、周囲の確認をするが騒いだり暴れたりはしない。

 やけに冷静だな。

 まぁ、暴れたところで簡単に切れる縄ではないけれど。


「そいつらは姫を狙った殺し屋ですか? 何故、一緒にいる?」

「質問をするのは私の方です。あなたはボナメ公国の人間ですね?」


 その問いに、ゴーレムマスターの男は頷いた。

 

「僕の名前はマックル・ゴレヌで、ボナメ公国で唯一のゴーレムマスターだ。公王の命令で姫の保護を仰せつかった」

「保護? いきなり攻撃を仕掛けてきてそれはないんじゃないか?」

「その件については謝罪する。だが仕方がないことだった。部外者に説明することができない事情があるんだ。殺すつもりはない、ただ、動けなくするだけのつもりだった。まさか、僕のゴーレムが全部返りうちに遭うとは思っていなかったけれど。それだけ急を要することだったんだ」


 動けなくする――あの剣の効果か。

 仕方がないとか急を要するとか言ってるが、肝心のことは何もわからないじゃないか。

 一応、赤いマークが白いマークに変わっているので、現時点で俺たちに敵意がないのは事実だろうが。


「事情ってのはなんだ?」

「…………」

「姫を保護するって言ってたな? 誰からだ? 殺し屋ならもう大丈夫だぞ」

「…………」


 喋る気がないか。

 さて、どうしたものか。


「私の命を狙ってきた皆さん、すみませんが奥のボス部屋でお待ちください。既にボスは倒していますので心配ありません。彼に話を聞くだけです。どうもあまり多くの人に聞かれてはいけない内容のようですので」


 そう言われ、九人の殺し屋は何も言わずにボス部屋に行く。


「なら俺たちも――」

「いいえ、トーカ様たちはここにいてください。彼らは私の大事な仲間です。マックルさん、話してくれますね」

「……わかった。僕もいつまでも縛られたままではいられませんからね」


 彼は頷き、そして言う。


「トーラ王国でクーデターが起きます。いえ、もう既に起きているでしょう。我が公王はそれを事前に知り、この地にいる姫を保護するために僕に命令を出しました」

「クーデターっ!? いったい誰がっ!?」

「宮廷魔術師団と魔術師たちです。原因は王の嘘を知ったから」

「――っ!?」


 王の嘘?

 なんだそれ?

 でも、アイリーナ様の反応を見ると、それはクーデターの理由として成立するものなのだろう。


「ボナメ公王はその話をどこで――いえ、誰から聞いたのですか」

「スクルド殿から」

「嘘です! 師匠から交信は来ていません! 私は師匠といつでも連絡を取ることができます」

「最後に連絡を取ったのはいつですか? 最近、連絡を取れましたか?」

「それは……いいえ。ここ数日、こちらから連絡をしても返事はありません」

「スクルド殿は預言していました。自分の死を。そして、言っていました。未来を視ることができる彼ですら、いえ、彼だからこそ自分の死を預言したとき、それを回避することができないのだと。そして、彼は姿を消しました。恐らく――」


 既に死んでいる……か。

 だから、連絡を取れなかったと。


「アイリーナ様に事前に連絡を入れなかったのは、それが最善だと思ったからでしょうね。もしもそれを事前に知ってたら、アイリーナ様は――」

「王家の危機です。当然、王都に帰ったでしょう。預言で死を告げられている今日も――」


 アイリーナ様を俺に守らせることで預言を回避したのではない。

 そもそも、アイリーナ様にトーラ王国の王都でのクーデターを報せないことこそが、最大の預言を回避するための手段だったのだ。

 そのために、スクルドは自分の死ですらも彼女に隠した。

 全てはアイリーナ様を守るために。

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