第187話 命を狙われるのは隙を作ったあとで

「いったい、命を狙っているって誰が?」


 俺の問いに、アイリーナ様は目を閉じて首を横に振る。


「誰かはわかりません」

「だったら、何故狙われていると?」

「師匠に教えてもらいました。師匠は未来を知ることができるのです。そして、師匠が言うには今日の午後、私の命が狙われるそうです」


 預言者ってやつだろうか?

 これが日本で話を聞いていたら俺は信じなかっただろう。

 だが、ここは魔法や悪魔も存在する異世界だ。

 預言者の一人や二人いても驚かない。

 預言の中には強制力が働いて回避不可能というものもあるのだが、彼女が俺に守ってほしいと頼んでいるということは、この世界の預言というのは、回避が可能なものらしい。


「ちなみに、預言の的中率は?」

「対策を打たなければ百パーセントです」

「それは凄い……」


 虹色宝箱が出るタイミングや福引所の特等が当たるタイミングがわかったら教えてもらいたい。


「命を狙われているというのなら、猶更こんな場所に来てよかったんですか? 護衛の人と一緒にいた方がよかったのでは」


 アムが不思議そうに尋ねる。

 俺もそう思う。

 命を狙われているっていうのに、わざわざこんな辺境の地に来る意味がわからない。


「あら? あの護衛はトランデル王国の護衛ですよ。ですから、彼らも容疑者です。そもそも、こうして使節団に入ってここまでついて来たのも、容疑者を極力減らすためですし」


 アイリーナ様はトーラ王国の王女だから、トランデル王国の護衛は信じられないと。


「だったら、トーラ王国の護衛を――いや、なんでもありません」


 ブスカのことを信用しろっていうのは難しい。

 アイリーナ様の計画のせいでブスカの計画が頓挫したわけだし、むしろ彼が容疑者の筆頭だ。


「ミスラさんから伺いましたよ。彼女も命を狙われていて、トーカ様が守って差し上げたのですよね?」

「ええ、まぁ大した敵ではありませんでしたが」


 ミスラ、そんなこと話してたのか。

 たぶん、俺のことを好きになったキッカケとかそういう流れだと思う。

 命を狙っていたのが悪魔だとまでは話していないようだ。


「俺たちが命を狙うとは思わないのですか? 昨日会ったばかりなのに」

「あら、そんなことをしたらトーラ王国に攻め込む口実を与えるだけでしょ? いくら徴税権と経営権がトランデル王国にあるといっても、王女を殺されたとなったら攻め込む大義名分に繋がりますから」


 そこまで考えていたのか。

 つまり、逆にいえばここで彼女が何者かに殺されたとき、俺に罪を着せられる可能性もあると。

 命を狙っているのがブスカだったら絶対にそうする。


「今日の午後命を狙われるというのなら、明日の朝まで絶対に安全な場所に行きますか?」


 試練の塔の入場券がまだ残っている。

 あれを使えば、ボール退治ができるダンジョンに移動できる。

 三十分経過すればボールが現れなくなるが、別に三十分経過してボスを退治したからといって、強制的に塔から追い出されるわけではない。

 明日の朝まで試練の塔の中にいれば、命を狙って来る暗殺者も手出しができないだろう。


「……トーカ様、それだと結局別の日に狙われるだけ」

「はい、ミスラさんの仰る通りです。そうなったら、今度はいつ命を狙われるかわかりません。命を狙っている暗殺者を捕らえ、黒幕を吐かせ、禍根を断つのが目的です。もっとも、トーカ様がこの先一生私の命を護ってくださるというのであれば今日はその安全な場所に行きますが」

「勘弁してください」


 さっき、わざわざアルフォンス様や周りの人に聞こえるように、ガンテツの村経由でダンジョンに行くと言ったのも、隙を作って暗殺者に狙われるようにするためか。

 まぁ、俺の言った方法で解決するなら、城に戻って自分の部屋に籠っていても解決するわけだし。

 

「ちなみに、これから行くダンジョンの魔物に命を狙われるのをスクルド様が命を狙われていると預言したってオチはないですよね?」

「ふふふ、それならそれで楽なんですけどね」


 そんなことはないそうだ。

 狙っているのはダンジョンの魔物ではない。

 彼女を狙っているのは人の意思が介入していると。


「そういうことですので、安心してダンジョンに行きましょう」

「え? ダンジョンに行くんですか?」

「ええ、こんなところで待ち構えていたら、罠だと思って暗殺者がやってこないかもしれないじゃないですか。予定通りダンジョンに行きますよ」


 命を狙われているというのに、なんで彼女はそんなにノリノリなんだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る