第186話 ダンジョンへの出発は姫が同行したあとで

「くそっ、忌々しい」


 儂――ブスカはそう言って出された茶菓子を食べた。

 砂糖がたっぷり使われたこの菓子の味は儂の好みではあるが、しかしどれだけ食べても気分が優れることはない。

 それもこれも全てはあの姫のせいだ。

 本来であれば、ラン島をこの手に取り戻すか、それが叶わなくても取りこぼしすることを条件に交易による利権の一部を手にすることを土産に、宮廷魔術師の第一席の座に上り詰める予定が。

 どうせ、裏で手を引いているのがあの忌々しいエルフ、スクルドなのだろうと思うと余計に腹が立つ。

 ただ長く生きていて王家からも信頼が厚いからという理由だけで宮廷魔術師の第一席の座に居座りおって。

 しかも、長命種であるからいつまで経ってもその座から落ちることはない。

 普段は魔法の研究ばかりして宮廷魔術師の集まりには顔を出さないくせに、こういう時だけチョッカイを入れる。

 なんて忌々しい。


 そもそも、魔術師が魔法の研究だけしてなんになる。魔術師の地位の向上、それこそが魔法国として国家を築き上げる礎となる。そのための政治的やり取りが必要になる。何故それが奴にはわからないんだ。」

 王女を弟子に迎えたときは、ようやく儂の理念に理解を示したと思ったのだが、今度はその王女までもが儂の邪魔をする始末だ。

 このままでは、手柄はおろか、碌な報告もできない。

 何かいい方法はないか?


「……そうか、その手があった」


 儂はほくそ笑み、魔法をくみ上げるとそれを空に放つと、その魔法は鳥の形となって北東の空へと飛んでいく。

 連絡用の伝書魔法だ。

 姫の持つ交信の能力と違い、即時情報を伝えることはできないが、代わりに受信用の魔法陣を設置している場所ならどこにでも連絡を出すことができる。

 儂が現在、唯一使える・・・・・魔法だ。

 若い頃は他にもいろいろと魔法を使えたのだが、もう何十年も使っていないし、使い方も忘れた。

 攻撃魔法などは現場の人間が使えればいい。

 指揮を執るエリートな儂にはこの魔法だけで十分なのだ。


「ふふふ、これであとは――」


 この後起こる事件を想像し、儂はほくそ笑むと、大声で叫ぶ。


「食事と酒を運ばせろ! いますぐにだ!」


   ▼ ▽ ▼ ▽ ▼


 翌朝、ブスカは村を去った。

 転移門を使って自由都市経由でトーラ王個に戻ったと連絡があったのだ。

 それはよかったのだが――


「それで、アイリーナ王女殿下、何をなさっているのですか?」


 アイリーナ王女は何故か冒険者が着るような衣装で家にやってきた。


「はい。今日はトーカ様と一緒にダンジョン探索をしようと思いまして」

「なんでそうなるのですか!」


 アイリーナ王女の後ろで、アルフォンス様が「申し訳ない」という顔をしている。

 そう思うのならこの王女をどうにかしてください。


「すまない。だが、彼女は学園でも優秀な成績を修めている。決して邪魔になることはない。貴殿はハスティアと一緒にゴブリンキング退治をしたのだろう? それと同じだと思ってくれればいい」


 全然同じじゃないと思う。

 彼女が一緒についてきたら、宝箱周回やボス周回ができないじゃないか。

 断りたい。


「では、行きましょう。ガンテツの村の近くに山のダンジョンと呼ばれるアイアンゴーレムの採れる洞窟があるのですよね? 是非そこに行きたいです」


 あぁ、いい人だと思ってたけど、単純に我儘お嬢様だったのか。

 これなら、ブスカの方が素直に帰ってくれただけまだよかった気がする。

 そう思っていたら、彼女が俺の腕を握り、そして耳元で囁く。


「――っ!」


 驚き彼女の顔を見ると、彼女はニコっと笑った。

 俺はため息をつく。


「仕方ありません。無茶だけはしないでください」




 転移門を使ってガンテツの村に行く。

 ガンテツの村の人たちは当然、一緒にいるのが姫であることは知らない。

 俺たちがやってきたところ、


「おや、聖者様。新しい奥様を迎え入れられたのですか?」

「今度は人間族ですか。こりゃ、今度はドワーフ族の嫁さんを貰ってもらわないといけないな」

「結婚式には是非招待してください」


 と盛大に勘違いしてやがる。


「違うから! そういうのじゃない。ただの冒険者仲間だ!」


 俺はそう言うが、村人たちは「またまた」と言っている。

 冗談だと思われているらしい。

 このままだと何を言われるかわかったもんじゃないので、とっとと村を出る。

 村が見えなくなったところで、アイリーナ様が言う。


「私は妻でも構いませんよ、ダーリン」

「やめてください。胃が痛いです」


 全部冗談だというのはわかっているが、勘弁してほしい。

 アルフォンス様の苦労が偲ばれる。


「それで、どういうことですか、アイリーナ様」


 アムが尋ねる。


「何がですか?」

「さきほどご主人様に仰っていたことです」


 すると、さっきまでの冗談っぽい笑みが消え、鋭い目になる。

 ミスラは話についていけずにキョトンとしている。


「なるほど、妖狐族は耳が優れているとは聞いていましたが、想像以上でしたね。内緒話をするときは盗聴防止用の魔法を使った方がいいでしょうか? でも、それだとミスラさんに魔法を使ったのがバレていたでしょうね」

「本当です。それで、なんなんですか? 私があなたを連れていかなかったら、死んでしまうかもしれないから助けてほしいって。まさか冗談とは言いませんよね?」

「ええ、冗談ではありません。私の命を狙っている人間がいるのです。どうかトーカ殿に助けていただきたい。そう思っています」

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