第185話 夕食は姫の訪問のあとで

 何故、トーラ王国の王女が、トランデル王国の使者としてやってきているのかというと、なんでもアイリーナ王女は現在トランデル王国に留学しているらしい。休戦中における両国の交流の一環なのだとか。

 そして、彼女には交信という能力がある。

 同じ能力を持つ者同士、離れた相手とも会話できる能力なのだとか。

 それで、彼女はブスカが使者としてこの地に訪れると聞き、このままではどうせブスカが自分の手柄欲しさに無茶な要求をすることになると予想。

 下手をすれば、俺たちとトーラ王国の間に要らぬ争いを生みかねないと。

 ただ、国王陛下と宮廷魔術師団の微妙な力関係のせいで、一度任命した使節団を、別の者に替えることはできない。そうなったら宮廷魔術師団との間に要らぬ軋轢を生む。

 そこで、アイリーナ王女がトランデル王国の国王に進言し、今回のトランデル王国側の使節団に同行したということらしい。


「でも、王女であるアイリーナ様がこのようなことをして、結局王家と宮廷魔術師団に軋轢を生むのではないのですか?」

「大丈夫ですよ。私はいまは不在の宮廷魔術師第一席であるスクルト様の弟子で、今回の指示を出したのもスクルト様ですから。ブスカもそれくらい理解しているでしょう」


 なるほど、国王の指示ではなく、宮廷魔術師の指示で動いているというのなら、宮廷魔術師団と王族が敵対することにならないと。

 宮廷魔術師たちも一枚岩ではないのだな。

 それにしても――


「ところで、なんでアイリーナ様がここにいるんですか? 迎賓館に客間も用意していますが」


 使節団の相手を終えて帰ってきたところ、何故かアイリーナ様が俺のあとをついてきていた。


「あら、私はいまはただの学生のアイナですよ。学校でも私がトーラ王国の王女であることを知っている生徒は少ないんです。中には私のことを平民の娘だと侮って愚かなチョッカイをかけて来る人もいるんですよ。ふふふ、私がトーラの王女だと知ったらあの方たちはどう反応するのか、いまから考えるだけでもゾクゾクします」


 それ、周囲の事情を知っている人間からしてみれば胃が痛い話だ。同情する。

 王女を虐めるなんて、知らなかったとしても下手したら国際問題になるぞ。

 ていうか、ブスカが正体をばらさなければ、俺もアイリーナ様を王女と知らずに接していた。彼女はそうして俺の反応を楽しむつもりだったのだろう。

その点ではブスカに感謝しないといけない。


「ところで、そちらのお二人の紹介をしていただけませんか? トーカ様」


 とアイリーナ様はアムとミスラを見て言う。

 二人が正装に着替えているのに迎賓館に姿を見せないと思ったら、王女を出迎えるための準備をしていたのか。

 確かに、自宅とはいえいつもの冒険者用の服と魔女っ娘コスプレみたいな衣装で王女と接するわけにはいかないものな。

 こうなるところまでウサピーの予想の範囲内だったとは。


「紹介します。彼女たちは俺の従者で、妖狐族のアムルタートとハーフエルフのミスラです」

「まぁ、どちらも珍しい種族ですね。私の師匠もエルフなんですが、もしかして、ミスラさんはご存知かしら?」

「……いいえ、私が物心ついたときには既にエルフの里には入れませんでしたから。母以外のエルフとは会ったことがありません」


 ミスラの一人称が「私」になってるのは、王女相手だからだろう。

 緊張はしていなさそうだ。


「そうですか。しかし、エルフやハーフエルフの中には魔術の心得を持つ者が多いと聞きます。ミスラさん、魔法は?」

「……嗜む程度に」


 嘘つけ。

 お前ほどの魔法バカはいないだろうが。


「そうですか。是非、魔法のお話をしたいですね」

「……私もスクルド様のお話を是非聞きたいです」

「いいですね、今夜はミスラさんの部屋にいっても?」

「私の部屋はトーカ様と同室」


 と言ったところで、アイリーナ様の目つきが変わった。


「待ってください、アイリーナ様。私とミスラは同じ年齢ですから」


 俺は慌てて訂正する。

 ロリコンと勘違いされたのだろうか?

 違うからな。

 ミスラが小さいから好きになったんじゃないぞ。


「あ、そういえばハーフエルフは外見と実際の年齢が一致しないのでしたわね。すみません、師匠はいつも幻影魔法で姿を変えていたのですっかり忘れていました」

「……幻影魔法? 興味がある」

「では、お話しましょうか――その、さすがに殿方の部屋に行くのは」

「……大丈夫です。あそこの部屋は私専用ですから」


 どうやら、アイリーナ様のことは全部ミスラが引き受けてくれるらしい。

 お陰で俺は楽ができそうだ。

 夕食は迎賓館で食事をするため、アイリーナ様と一緒に向かう。

 ブスカは気分が悪いからということで自室で食事をすることになった。

 まぁ、出した茶菓子は全部食べていたからお腹いっぱいなのかもしれない。

 両国の護衛と従者は別室での食事のため、食事は俺とウサピーとアルフォンス様とアイリーナ様の四人で食事をすることになった。


「トーカ殿、申し訳ありません。アイナ様が押し掛けたようで」

「いえ、うちの従者と魔法談義で盛り上がっていたようで。彼女もお礼を言っていました」

「ほう、アイナ様と対等に魔法について話せるとは、トーカ殿の従者はとても優秀なのですね」


 アルフォンス様が言う。

 宮廷魔術師の一番弟子という話だし、留学生に選ばれていることといい、魔術師として優秀なのだろうか?

 トーラでは魔術師の地位が高いというからな。


「はい。ミスラさんの魔法への見識は宮廷魔術師級ですね。私がトランデル王国の使者ではなく、トーラ王国の使者でしたら、転移門の解明よりもミスラさんを手に入れることが一番の貢献となるでしょう。もしよろしければ、私から師匠に推薦しますよ?」


 最初はお世辞だろうと聞いていたが、そこまでなのか?

 ミスラ、アイリーナ様に何を話したんだ?


 運ばれてきた食事を見ながら二人きりにしたことはまずかったかなと思った。

 料理はポチが作ったからうまかったけど。

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