第184話 税金を払うのは免税期間が過ぎたあとで

 改めて、俺たちは猫の間に待たせているトーラ王国宮廷魔術師のブスカさんのところに向かった。

 部屋の後ろに控えるのは、いかにも魔術師風の男たちと騎士風の男たちが半々。

 あと、化粧の濃い女性だ。


「お待たせして申し訳ありません、ブスカ様」

「ふん、全くだ。儂のようなエリートの時間は非常に貴重だというのに」


 不機嫌そうに言うブスカさんの前に置かれていた茶菓子の皿はほぼ空になっている。

 犬の間にも同じように茶菓子が置いてある皿はあったのだが、少し減っていただけだったので、両極端だな。

 まぁ、空になったということは茶菓子は気に入ったのだろう。


「さて、単刀直入に言う。ラン島を我々に返還願おう」


 いきなりそう来たか。

 予想通りの言葉に俺は汗が出る。


「それはできかねます。ラン島は現在、我々の交易の拠点になっています。そもそも、ラン島を放棄したのはトーラ王国の皆様ですよね? 国際法上を照らしても、領土であることを放棄した土地を再度自国の領土とするには、その土地に住む者が認めないといけないのはご存知ですよね?」

「ああ、知っている。だが、それは国同士の話だ。ラン島はどこの国にも属していない。例えば、我々が武力を以って征服しても問題ないのだ。貴様は我が国を敵に回して勝てると思っているのか?」

「それは勝てませんね。大軍で攻め込まれたら我々は負けるしかありません」

「そうだろう。それならば――」

「ですが、いいのですか? そんなことになればトランデル王国も黙ってはいませんよ」

「ふん、そんなのどうとでもなる」

「そうですか。では、トランデル王国にも注意しないといけませんね。近々、トーラ王国がトランデル王国の領土を侵略する可能性があると」

「なんでそうなる!」


 ブスカさん――ブスカがいきり立ち叫ぶ。

 

「ラン島は現在、トランデル王国の都市経営権と徴税権を持っています」

「なんだと!」


 俺が渡した契約書をみせる。

 都市経営権と徴税権とは、言うなれば、どこの国でもない町や村の経営について口出しをしたり、税を徴収する権利を持つという昔からの風習である。

 徴税をする代わりに、その土地を国の庇護下に入れるということにもなる。

 これだとまるで俺たちの村がトランデル王国の一部となったみたいだが、そうではない。

 その契約あくまでも一時的な処置でありどちらからでも解除できるという点にある。

 だが、この契約がある以上、もしもトーラ王国がラン島の領有権を主張して攻め込めば、それはトランデル王国に対して宣戦布告をすることになる。


「なんだ、この契約は! 『領地経営についてはトーカ殿の自治を認め、トランデル王国はその一切を放棄する。徴税については……』」


 ブスカは震える声で言った。


「『年に一度1イリスをトランデル王国に支払うものとし、百年の間免税扱いする』だとっ!? ふざけるな! このような契約があってたまるか!」

「あってたまるかと仰られましても、これはあくまで私達とトランデル王国の間で交わした契約ですから」


 このふざけた契約を考えたのはアイナさんだ。

 今回、ブスカがラン島の返還を要求してくることはわかっていた。

 ウサピーもいろいろとその要求をはねのけるための準備をしていたそうだが、アイナさんがこっちの方が楽だと言って提案してきたのだ。

 わざわざ契約書を用意して。


 ここで俺はようやく理解した。

 トランデル王国とトーラ王王国、その双方が同じ日にこの村を訪れたのは偶然ではない。

 トランデル王国側がトーラ王国の訪問する日に合わせて訪れたのだ。

 全てはこうなることを予想して。


「このサイン――くそっ、彼女の差し金か。一体何を考えている」


 ブスカは契約書を見て激昂した。

 どうやら、この作戦がアイナさんの案だと気付いたのだろう。


「廊下まで声が聞こえていましたよ」


 と噂をすれば、そのアイナさんが部屋に入ってきた。


「それにしても、何を考えているとは面白いことをおっしゃいますね、ブスカ宮廷魔術師殿?」

「ええ、申しましたよ。よくもまぁこんな契約を考えたものですな、アイリーナ王女殿下」


 アイリーナ王女殿下っ!?

 アイナさんって、トランデル王国の王女なのか?

 ブスカはそれを知っていたから、顔色を変えて部屋に戻ったのか?

 混乱する俺をよそに、アイナさん、アイリーナ王女殿下はさらに続ける。 


「何を考えているか聞きたいのは私の台詞ですよ。あなたに下した命は、トーカ殿及びミスラ商会と友好的な関係を結ぶことだったと思いますが、手柄を上げようとするあまりラン島の返還の要求など。友好関係どころか敵対行為ですよ。どう責任するつもりですか?」

「ふん、ラン島を取り戻すことができれば同じことでしょう」

「全然違いますよ。この村の価値は帆船と交易路だけではありません。それがわからないものを使節として派遣するなんて。父はなんて愚かなのでしょうか――」


 なんでアイリーナ王女殿下はトーラ王国の王からブスカへの命令の内容を知っているんだ?

 それに、父って――


「先ほどは失礼しました、トーカ殿。アイナというのは私が留学先で使っている仮の名でして、本名は先ほどブスカ宮廷魔術師が申した通り、アイリーナ――アイリーナ・ミスリス・フォン・トーラ。トーラ王国の第二王女です」


 は?

 トランデル王国ではなく、トーラ王国の王女っ!?

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