第183話 船の売買は交易品カタログを見たあとで

 頭頂部ハゲのおっさんが乱入してきた。


「なんですか? あなたは――」


 トーラ王国からの来客だと聞いていたが、隊長さんじゃないのか。

 誰だ?


「ふん、儂はトーラ王国宮廷魔術師の第四席ブスカだ! 当然、その名は知っているであろう」


 当然知りません。

 ただ、トーラ王国の騎士隊長さんがいうには、魔術師は王都からほとんど出ないって言っていたから、ここまで来るのは珍しいのだろう。


「これはこれはブスカ殿。よくおいでくださいました。ですが、いまはトランデル王国の皆様と話をしておりまして、少々お待ちいただけたらと――」

「貴様、儂はトーラ王国の全権大使としてここにいるのだぞ。そのような仕打ちをしてタダで済むと思っているのかっ!」


 うわぁ、うぜぇ。

 全権大使として寄越すなら、もっとまともな人を寄越してくれよ。

 このブスカって人も、自国を侮られてはいけないと必死なのかもしれないが、俺からしてみれば悪印象でしかない。


「構わないですよ。私たちは急ぐ話でもありませんから」

「ほう、トランデル王国の使者は随分と物分かりがいいよ――っ!? いや、失礼する。やはり順番を守るのは大事だからな」


 急にブスカの顔色が悪くなり、彼はいそいそと自分に宛がわれた部屋へと帰っていった。

 急な心変わりの原因はなんだろう?

 相手が侯爵の嫡子だと気付いたからかな。

 侯爵の息子と宮廷魔術師のどちらが偉いかはわからないけれど、無理を通す相手ではないと思ったのだろう。


「申し訳ありません、アルフォンス様」

「いえ、構いませんよ。それでは話を進めましょう。まず、転移門についてお伺いをしたい。先ほどウサピー殿に伺ったのですが、転移門を設置できるのは死の大地周辺のみ。相違ありませんか?」

「はい。その通りです」

「それで、転移門の研究のために我々の国の研究者を受け入れてくださると?」


 俺は横目で隣にいるウサピーを見る。

 彼女は二回瞬きした。


「はい、問題ありません」

「それと、交易についてだ。この町は既に他の大陸との交易をしていると聞く。交易品について具体的に聞きたいのだが――」

「それは私が説明いたします。ぴょ――資料はこちらです」


 つい口癖が出そうになったウサピーは慌てて言い直す。

 同じ資料を俺にも渡してくれる。

 他国との交易品についてだ。

 一枚目は金属について。

 金属については、銅の輸入量が多いな。銀と鉄は輸出している。

 金は輸出も輸入もしていない。

 教会が売買の金額を規定しているため、交易品として扱うのが難しいからだろう。

 交易を始める少し前にもアイアンゴーレムやジャイアントゴーレムを狩っていたが、最近は冒険者ギルドもなかなか買い取ってくれない。

 そのため、ウサピーに売っていた。

 てっきりポットクール商会に売っているのかと思ったが、輸出していたのか。


「鉄を輸出しているのか?」

「はい。トランデル王国は現在鉄不足が収束しつつあると聞きます。ですが我々は鉄を、正確にはアイアンゴーレムを大量に用意する手筈が整っています。ここで大量に在庫を抱え、トランデル王国以外の他国に売るよりも交易品として別大陸に売る方がいいと思いまして」

「確かに。我々としても、トーラ王国とは休戦協定を結んでいますが、それでもいつ戦争になるかもわかりませんからね。あちらに鉄を大量に輸出されたらよからぬことを考える人もいるでしょうし、それなら全く別の大陸に輸出された方がいいでしょう」


 そう言ったのはアイナさんだ。

 さすが秘書さん、考察が速い。


「国内でも銅も確かに不足していますからね。隣国でしたら足下を見られてこのような価格で取引はできませんが、さすがは別の大陸ですね。なるほど、この資料だけでも一つの財産になります」


 他にもこの国では貴重な香辛料、茶などを輸入して、逆に輸出で一番多いのは酒とミスラ薬だ。この二つは凄い額がついている。

 日保ちのする酒は交易品としては扱いやすいんだろうな。


「我々の国は南東が海に面していますが、別大陸との交易をするとなるとかなり遠回りですし、造船技術もまだ未熟ですから」

「それでしたら、我々の造った帆船を買いませんか?」

「船を?」

「ええ。我々が交易に使っている船と同型船です。別大陸との交易に耐えられるのは既に証明済み」


 ポチが造った船だからな。

 当然、その性能は折り紙済みだ。


「それで、値段についてはこのくらいかと――」

「いいえ、このくらいでしょう」


 紙に書いて金額の交渉をしているが、その金額の桁がおかしい気がする。

 船ってそんなに高いの?

 城を建てられるんじゃないかって値段がやり取りされている。


「いい取引ができました。ありがとうございます」

「こちらこそ。予定より随分安くなってしまいましたが、あまり欲張りと思われない値段に落ち着きました」


 アイナさんとウサピーが微笑み合っているが、その裏には随分とどす黒いオーラがある。


「でも、勝手に決めていいのですか? その……かなりの額ですけど」

「問題ありません。私は国王陛下より全権を賜っていますから」


 こっちも全権大使だったのか。

 ってあれ?

 全権を与えられているのってアイナさん?

 アルフォンス様じゃなくて?

 アイナさんって何者?

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