第181話 宝箱を開けるのは気合いを入れ直したあとで

 その日もアムとミスラと三人でダンジョンに潜っていた。

 久しぶりにアイアンゴーレムのいるダンジョンだ。

 ガンテツの村から近いし、経験値も悪くないからな。とはいえ、レベル60を超えたあたりからさすがにレベルが上がらなくなってきたが。

 ダンジョンのボスであるジャイアントゴーレムを倒すと宝箱が出た。


「金色宝箱です!」

「……魔導書」


 アムとミスラが宝箱に反応するが、俺は小さくため息をついた。

 これまで眩く見えていたものが、突然色あせて見える。

 金色宝箱を見てもこれほど心が動かないのは初めてだ。


「ご主人様、どうかなさったのですか?」

「……ん。心配」


 二人が心配そうに俺に声を掛けると、俺は精一杯笑って「大丈夫だ」と言ってみせたが、本当は大丈夫ではない。

 この世界に来て、もう半年くらい経過しただろうか?

 現在、俺は郷愁の念に駆られていた。

 そりゃ、この世界に来たときはずっと日本に残してきた妹のリンのことが心配だったし、それは今でも変わらない。

 だが、この世界にアムと、そしてミスラという大事な人達ができて、帰りたいという思いはなくなっていた。

 一泊二日くらいで日本に戻れたら――とは思っていたが、いつしか俺の帰る場所は現在の家になっていたのだ。

 しかし、ここしばらくの間、日本に帰りたいと思っている。

 原因はわかっている。


 蒼剣シリーズ第三作、《聖剣の蒼い海》の制作が発表されたとアイリス様から連絡があったからだ。


 最初は喜んだ。

 何故なら、ゲームが発売した暁には俺の能力――ゲームのように成長する能力もアップデートされるというからだ。

 ゲームのように楽しめるこの世界、きっとアップデートされても楽しめることだろうと。


 だが、そうじゃない。

 俺が蒼剣のゲームシステムが大好きだ。

 だが、ゲームシステムだけが好きなのではない。

 蒼剣のストーリーも好きなのだ。

 複数の国を、種族を、世界全てを巻き込む重厚なストーリー。封印されていた強敵との戦い。そして仲間たちとの絆。時折挟まれるコメディーっぽい話も好きだし、傷つくヒロインを見て涙を浮かべたこともある。

 《聖剣の蒼い空》でこれ以上ないほど感動し、女神の空間で遊んだ《聖剣の蒼い大地》でその感動は上回った。

 第三作の《聖剣の蒼い海》では、果たしてどのような感動が待っていたのだろうか?


 それに比べて俺はなんだ?

 確かに、最高の仲間――いや、ヒロインは得た。

 だが、倒してきた魔物といったら、ゴブリンキングと中級悪魔――序盤や中盤のボス程度の敵ばかり。

 魔王クラスの敵が現れたと思ったら、今度は俺の力が及ばず、逃げられるどころか見逃してもらう始末。

 果たして、これは俺が夢見た蒼剣の世界なのだろうか?


「もっと強くなる必要がある……か」

「「――っ!?」」


 強くなるとして、目標は?

 とりあえず、逃げられたワグナーを倒すのは絶対だ。

 あとレベルを20くらい上げれば倒せるだろう。

 最終目標には及ばない。 

 やはり、裏ボスを倒すくらいはしておかないと。

 裏ボスというのは、蒼剣のみならず、だいたいは封印されている古代の魔物が多い。

 この世界だと、例えば、カルト教団のクナイド教が信仰している邪神か。

 いや、あいつらはメインストーリーのラスボスっぽいからな。


「死の大地に封印された魔物を倒すのが目標だな」

「ご主人様、本気ですか!?」

「伝説級の敵を――」

「いつかな。目標はわかりやすい方がいいだろ? もちろん、その前にいろいろとしないことはあるがな」


 ただ強くなるだけだとモチベーションと強くなろうって気概が無くなるからな。


「わかりやすい目標ですか」

「……トーカ様にとって、伝説の魔物ですら通過点に過ぎないと」

「そりゃそうだろ。もっと強大な敵は絶対にいるし」


 《聖剣の蒼い大地》だって裏ボスを倒した後に聖域の神殿に行くことで真の裏ボスが登場する。

 同じような敵もこの世界にいておかしくない。

 と、アムとミスラが呆れている気がする。

 やばい、ゲーム脳で語り過ぎたか。


「悪い悪い、宝箱を開けるか」

「「はい」」


 二人は気合いを入れて頷いた。

 そこまで宝箱を開けたかったのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る