第180話 閑話 赤い移民

 俺の名前はカマス。

 死の大地の周辺の村々は、俺のような人間にとって二つの意味を持つ。

 人生の墓場。そして人生の楽園。

 俺のようなっていうのは、つまりは俺のような小悪党ってことだ。


 俺の育った町は世間から見れば豊かな町だったらしい。

 働こうと思えば仕事はあったし、仕事をしたら飢えて死ぬことはない。

 貯蓄もないまま年を取ったり、病気になって動けない人間はその限りではないが、俺のような健康な人間なら生きていける。

 働く意欲さえあれば――だ。

 そう、俺はマジメに働くのが何よりも嫌だった。

 神は俺に不思議な力を与えてくれていた。

 金のある場所がわかる、ゴールドサーチという能力だ。

 この能力のおかげで、俺は短時間で金を盗むことができた。

 お陰で仕事は成功を続けたが、一つ問題が起きた。

 周囲の人間が怪しみだした。

 盗みの現場は見られていない。

 だが、働いてもいない俺の金遣いの荒さに違和感を持つ奴らが現れた。

 衛兵から事情聴取を受けたこともあり、その時は両親の遺産が残っていたとか適当な嘘をついて誤魔化したが、これ以上はこの町で盗みをできないと思った。

 だからといって、真面目に働く気にはなれず、俺は次の仕事場を求めて、町を転々とした。

 働いていないのに仕事場というのも妙な話だが。


 新たな町でも仕事はうまくいった。

 成功した。

 誰にも見られていない。

 だが、俺は怪しまれた。

 その町ではこれまで盗みが全くなかった。

 俺が引っ越してきて、突然事件が起きた。怪しまれて当然だ。

 だから逃げた。

 次の町でも、その次の町でも同じことを繰り返した。

 そして、辿り着いたのが、この村だった。


 トーカの村。

 元々は死の大地の周辺の土地小さな村だった。

 死の大地の周辺の土地なんていえば、作物は育たない、人生を詰んだ人間が辿り着くような場所だ。

 例えば、ここから北に二日程歩いた場所にある自由都市はマフィアが支配する都市だ。法は存在せず、マフィアという名の秩序が存在するその町は、犯罪者にとっては楽園だろう。

 もっとも、俺のような罪が見つかっていない人間からしたら地獄でしかない。

 いくらバレない自信があるといっても、マフィア相手に盗みをする気にはならない。

 と、話が逸れてしまったな。

 つまりは死の大地周辺の村は地獄だって話をしていたのだが、どういうわけかこのトーカの村はその限りではなかったのだ。


 村に入るときに畑で収穫をしている農夫を見かけたが、そこで実っている野菜はこれまで見たこともないほど大きくてうまそうだった。

 そして、村のあちこちには様々な建物を建てている。

 この家が必要となるだけ、移民希望者がいるってことだろう。

 かくいう一緒に馬車に乗ってきた奴らも、移民希望者だった。


 馬車の中での会話を思い出す。

 いかにも犯罪者面した凶悪犯っぽい奴で、同業者かと疑った。

 俺が警戒してきたら、そいつの方から声を掛けてきた。


「お前さんも移民希望なんだろ?」

「ああ、あんたもか?」

「もちろんだ。俺の育った村はとにかく酷い土地でな。碌に作物は育たない。そのくせ税は酷くてな。ただでさえ少ない作物なのに税を取られたら雀の涙くらいしか食い物が残らねぇ。当然、そんな状態では生きていくのがやっとでな。農具が壊れても修理ができないし、病気になっても薬を買えない」

「…………」

「おいおい、そんな顔するなよ。大丈夫だよ。別にそれで大事な子を失ったって話じゃねぇ。ほら、うちの妻も子も慣れない馬車移動で疲れて寝てるよ」


 興味のない話で黙っていたら、俺が同情していると勘違いした男が妻と子を紹介する。

 凶悪犯面して、俺の嫌いな人種だったらしい。


「これから行く村は、税金は村の維持費だけでいいっていうし、畑も与えてくれるそうだ。他にも、商店やレンキンコーボー? ってところで働き手を募集している。妻は身体が弱いが頭はいいし手先が器用なんだ。きっと、重宝される」

「そうか。あんたの成功を祈ってるよ」

「ありがとうな。俺もあんたの成功を祈らせてもらうぜ。まずはいいパートナーが見つかるといいな」


 余計なお世話だと思った。


 しかし、そういう働くことを考えてる奴にとっては、本当にこの町は楽園なのだろうな。

 そして、そういうバカを食い物にする俺のような人種にとっても楽園だ。

 噂によると、ここの村長は冒険者で大量のアイアンゴーレムやジャイアントゴーレムを納品して荒稼ぎしているらしい。

 そして、商店にいたっては別の大陸との交易をしてこれまた荒稼ぎしている。

 どちらも金をたんまり溜め込んでいる。

 さて、どちらを狙ったらいいか?


 移民に来たその日、俺たちは簡易面接を受けた。

 三十人程いたが、二人移民になれなかった。

 そいつらは犯罪者だったと聞かされた。

 賞金首になっていて、近くトランデル王国に引き渡されるらしい。

 バカな奴らだと思った。

 だが、妙だと思った。


「国境を越えるときにも出国検査はされたよな? なんでその時はバレなかったんだ?」


 移民希望者に貸し与えられる仮宿舎で、俺は同じ部屋にいる男に雑談程度に尋ねた。


「そりゃ、変装くらいしてるだろ。取り押さえられた現場で、手配書と照らし合わせていたけれど、正直手配書と同一人物とは思えなかったよ」

「じゃあ、人違いって可能性もあるんじゃねぇか?」

「そりゃないな。袖を捲ったところ、手配書に書いてある特徴と同じ刺青も見つかった。暑いのに長袖で変な奴だと思ったが、そういうことだったのかって納得した」


 つまり、この村の警備体制は国境の検問以上ってことか。

 ならば、何度も仕事はできないな。

 勝負は一度だけ。


「どこに行くんだ?」

「ちょっと夜風に当たって来る」


 俺はそう言って部屋を出た。

 狙うは商店だ

 他の大陸と取り引きしているとは思えないほど、商店は小さいが、さっきから金の気配がぷんぷんしている。

 周囲に人の目はない。中に人の気配はない。

 さっと盗んで、この町からずらかる。


 俺は熟練の技術で部屋の鍵を開けて、家の中に入った。

 さて、金はここにあるな。

 巨大な鉄の金庫だ。

 今すぐ開けられないが、金庫ごと持っていけば――


「ああ、現行犯で逮捕だな」

「はい、そのようですね」

「――っ!?」


 店から出たら、一組の男女が待ち構えていた。

 村長とその奴隷の妖狐族の女だ。

 バカな、店に入る時、誰にも見られていないはずだ。


「なんで――」

「ああ、お前らみたいなのは全員言うんだよな。なんでわかったんだ? って。でも、まぁ、地図上のマークは赤いし、その赤が店の中に入ったらそりゃ気付くだろ」


 赤? 地図? マーク?

 何を言ってるんだ?


「村長さん、何を仰ってるのか。俺はただ、この店の方に古い金庫を入れ替えるから手伝ってほしいと頼まれただけ――でっ!」


 俺は金庫を放り投げ、逃げた。

 こうなったら店の中を通って全力で逃げる。

 俺は店内に引き返して鍵を閉め、店の入り口に回った。

 だが――


「逃げられるわけないだろ?」


 嘘だろ?

 店の裏口から入り口まで一直線で進んだ。

 店の外をぐるっと回って移動するにしても速すぎる。


「じゃあ、寝とけ!」


 村長がそう言うと、俺の意識はあっという間に刈り取られた。

 自分が何をされたのかもわからないままに。


   ▼ ▽ ▼ ▽ ▼


 とまぁ、俺の仕事は書類上ではわからない犯罪者を、地図のマークで見つけ出すことだ。

 俺の町に害をなそうとする犯罪者は最初から赤いマークで表示されているからわかりやすい。

 今回のカマスってやつもそのうちの一人だった。


「ってことで、現行犯で一人捕まえたから、ウサピーに処理を任せるよ」

「トンプソンさんと相談して決めますが、鉱山で五年くらい働いてもらいます。ぴょん」


 鉱山奴隷か。

 この世界だと一般的な労役らしい。

 それで働くことの尊さを学んでくれたらいいんだけどな。


「村長、おはようございます」


 と考えていたら、クワを持ったいかにも凶悪犯面の男が俺に挨拶していった。

 新しくこの村に来た移民だと思う。


「……トーカ様、あの人は赤くないの?」

「白だな。働き者で評判もいいらしいぞ」

「……意外」


 人を外見で判断したらダメだって言うけれど限度があると思うほどの悪人面なんだけど、本当にいい人なんだよな。

 奥さんも頭がよくて、いまではミスラ商会の会計担当として雇われたらしいし、子どもも村の子たちと打ち解けている。

 ああいう奴らばっかり移民に来てくれたら、俺の夜の仕事もなくなって楽なんだけどな。


 さて――他に赤いマークの移民希望者はいつ動くかな?

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