第173話 騎士の帰還は消火のあとで

 意識を取り戻したアムにワグナーのことを話す。

 

「ワグナー……その者はそう名乗ったのですか」

「ああ。もしかして、アムの母親の仇か?」


 かつて、百獣の牙のリーダーであり、アムの母親の仇はかつてワイバーンに乗って逃げ去ったらしい。

 話から察するに、ロック鳥とダイダラワームを従えていたのもワグナーだと思う。

 だからこその質問だったが、俺の問いに、アムは首を横に振った。

 違うのか? と思ったらどうもそうではないらしい。


「アレは名前を名乗りませんでしたし、なにより私はその顔を直接見ていないのです。母から伝え聞いただけで。母はアレに四度挑み、そして三度逃げ帰り、最後は帰って来ませんでした。私はいつも遠くから母を見守ることしかできませんでした」

「そうか……」


 ポチからも色々と聞きたいが、ラフレンキノコの衝撃のせいでまだ目を覚まさない。

 生きてるよな?

 それと、騎士や衛兵達と一緒に捕まっていた人たちだが、彼らはポーツ村の住民だった。ラッキー船長とも顔なじみの人が多い。

 渡し船が途絶え、様子を見るために船を出した結果、捕まってしまったそうだ。

 もしもロック鳥に奪われたのが荷物だけでポチが誘拐されずポーツ村に辿り着いても、結局行方不明となった彼らを探すためにここに来ていたかもしれないな。


「さて、彼らをポーツ村に今すぐ送り届けたいが――」

「まさか、トーラ国の国民じゃないから関係ないって言うんじゃないですよね?」

「そうではない。あれを放置していくわけにはいかないだろう?」


 隊長さんの視線の先を見る。

 ミスラが囮として火をつけた家屋がまだ燃えていた。

 凄い勢いで、まだ鎮火する様子はない。


「ミスラ、水魔法で――」

「……あそこまで燃え広がってると水魔法だけで消火できない」

「そうだな……わかってた」


 これ、今日中に消えるのか?

 そう思っていたら――


「トーカ殿。申し訳ないが、先に村の者たちをポーツ村に送り届けてもらえないだろうか?」

「え? でも……」

「どのみち、船の定員では一度に全員は運べない。それに、我々はこの村に残って調査もしないといけない。賊の手がかりが残っていないとは言い切れない。褒章などについての連絡は後日、トーカ殿の村に遣いの者を送ろうと思う」


 俺の村の場所については既に話してあるからな。

 そういうのは要らないかなって思った。

 物語の主人公でも、こういうとき悪目立ちを避けようとする。

 でも、自由都市が実質俺の支配下に入っている以上、最寄りのトーラ国とも友好的な関係を築きたい。

 なら、無碍に断るのはよくないか。

 これも村長の役割の一つだと諦める。


「是非よろしくお願いします」

「ああ、時間はかかるが陛下を説得してみせる」


 陛下を説得するって、この隊長さん、実は凄い人なのか?

 とにかく、そういうわけで俺たちはポーツ村の皆とラッキー船長と一緒にハッピーさんの待つ町に戻ることにした。

 ポーツ村の奴らは全員俺より少し年下くらいから二十歳くらいまでの若い連中なのだが、今回の件が余程堪えたのだろうか?

 ようやく村に還れるというのに。どういうわけか、全員浮かない表情をしている。

 まぁ、全て解決ってわけではないのは俺も同じか。

 今回の事件、実は謎がいくつか残っていた。

 まず、クナイド教は一体ここで何をしようとしていたのか? ということだ。

 ミスラの話では、どうせ悪魔か何かを召喚しようとしていたのだろう――とのことだが、本当にそうなのだろうか?

 それと、誰かが海流を操って俺たちを島から遠ざけようとしていた。

 その海流を操っていたのはなんなのか? ワグナーの手下の魔物だろうか?

 それと本来の・・・山賊たちについてもわからない。

 彼らは物資は奪うが人は無傷で逃がした。

 これはクナイド教の奴らの行動とは矛盾する。


「もしかしたら、元々山賊は別にいたのではないだろうか?」


 俺がそう呟くと、一緒にいるポーツ村の奴らがビクッとした。

 彼らはさっきからずっと黙っているが、今の反応、もしかして――


「はぁ……まぁ、気付くだろうな」

「てことは、ラッキー船長もグルだったと?」

「黙っていたのは事実だ。それに、まさか、それがこんな騒ぎになるとは思いもしなかった」

「なんでそんなことに?」

「トーラ国の庇護下に入ってラン島を再興させるためだ」


 そう言ったのは、捕まっていたポーツ村の中で一番若い、俺と同い年くらいの褐色肌の女性だった。


「私達は元々この島の出身だ。でも、クラーケンに島を襲われた。多くは大陸に移り住んだが、一部はいつかこの島に戻って来れると信じて、いまのポーツ村のある場所に移り住んだ。元々、あそこは漁師たちが休憩用に使っていたから勝手知ったる場所でちょうどよかったんだ。そこに村を作ってもいつかはこのラン島に戻れるって信じて。なのに国はラン島を見捨てた。もうクラーケンなんて出てこないのに。だったら、騎士たちを呼んで、この島はもう安全だってことをわからせればいい! そう思って一芝居打つことにしたんだ」


 つまり、山賊が出るって噂を流して軍を派遣させる。

 山賊は元々いないのだから、調査は難航を極める。

 そして、調査の結果、魔物がいない安全な海域だと知ってもらえれば、ラン島を再び領地にし、ラン島の再興に繋がるかもしれない。

 そういう計画ってわけか。


「いや、杜撰過ぎるだろ」

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