第172話 飛び去るのは最後の仕事を終えたあとで

 気絶して倒れているポチに万能薬を飲ませた。

 地図に表示されていたポチを示す赤いマークが白色に変わった。

 ポチの分身たちは本体が気絶したことにより消えていた。召喚されたコボルトも同様だ。

 残っているのはブラックウルフだけか。

 ポチは暫く鼻はまともに使えないだろう。

 とりあえず、万能薬を取り出し、ポチの口の中に入れて、ラフレンキノコを再び収納。

 さらに消臭剤を使って自分の身体についた悪臭を消し、気絶したポチを脇に抱えた。


「こっちは終わったぞ」


 他の敵も動きを止めているし、戦っている様子はない。

 騎士達と人質、そして敵が全員同じ場所に集まっていた。

 敵を示す赤い点の数が減っているのは、つまりはそういうことだろう。

 

「トーカ殿、何があったんだ?」

「ポチが敵に洗脳されていてな。でも治療したから大丈夫だ。それで、そっちは?」

「味方の負傷者はほぼいなかった。ただ、先ほど急に悪臭が立ち込め、鼻のいい部下が行動不能に陥った」


 ラフレンキノコのせいだな。

 さっき悲鳴が聞こえたし。


「で、こいつらは結局なんなんだ?」


 縄で縛られている一人を見て言う。

 髭面の男だ。

 意識があるらしく、俺を睨みつけている。


「ラッキー船長、前に船を襲った山賊ってこいつらですか?」


 戦いの前は村の脇で待機していたラッキー船長も既に集まっていたので彼に尋ねた。


「いいや、違う。こいつらはいなかった」

「ふん、無知蒙昧な愚者め。我々を山賊などと一緒にしないでもらおう」

「だったらなんだよ」

「ふん、我らと教義の異なる邪教徒に語る言葉など持ち合わせてはいない」


 なんか凄い偉そうだな。

 やっぱり宗教関係の人間か。

 騎士達を邪教徒って言う当たり、アイリス様を信仰する教会とは違うんだろうが。


「……クナイド教のレザッカバウム派」


 そう呟いたのはミスラだった。

 それを聞いた途端、男の顔色が変わる。


「ミスラ、クナイド教ってのはなんだ?」

「……この世界の多くの人は女神アイリスを唯一神と崇めている。教会であっても精霊信仰であっても自然信仰であっても同じ」

「同じなのか?」


 信仰対象が精霊や自然になってるから全然違う気がする。

 むしろ、対立していてもおかしくない気がするが。


「……ん。精霊は女神アイリスの遣い、太陽や雨は女神アイリスからの慈悲と言われている――どちらもアイリス様を唯一神としている」

「そうなのか」


 ゲームをやっているだけだったら、ふわふわした女神様だなって印象しかなかったんだけど、この世界だとかなり偉い女神様として信仰されているんだな。


「……そう。でも、クナイド教は違う。十二の魔の神を信仰の対象としている。レザッカバウムはその十二の神のうちの一柱」

「貴様、何故それを知っている」

「……クナイド教に家族を攫われて殺された。クナイド教はミスラの敵。だから調べた」


 ――っ!?

 ミスラの両親を殺した奴らか。

 さっき、レザッカバウムという言葉が出たとき、ミスラの表情が変わったのはそれが原因か


「なるほど、カルト教団か。さらに尋ねる。ダイダラワームとロック鳥はどこで手に入れた? あと、ダイダラワームはいまどこにいる?」

「いないのか?」

「ああ、村を徹底的に調べたが、いたのはオークとこいつらだけだった」


 地図の範囲では他に敵はいない。

 数も合っている。

 ということは、ダイダラワームは別の場所にいる?

 

「ふん、言う必要はない」

「ほう、なら自分から言いたくなるようにするしかないな」


 と隊長さんは拷問をしてでも吐かせる感じがする。

 とにかく、ダイダラワームが来る前に霧をなんとかするか。

 ミストタートルを回収しよう。


 と思ったとき、地図に反応が。


「敵が来る! 速い――」

「ダイダラワームか!?」

「違う、もっと強い――」


 一つは薄い赤、そしてもう一つは強敵を示す黒の混じった赤。


「いったいどこだ!」

「もうここに来ている」


 真下?

 いや、地面を掘った様子はない。振動も感じない。

 だとしたら――


「上っ!? スポットライト!」


 空から光を落とす。

 すると、光を遮る何かがそこにいた。

 それを確認した突如、突風が巻き起こり、霧が吹き飛ばされていく。


 そして、頭上にいたのは――大きな翼を持つ亜竜。

 蒼剣でも何度か見たことのある魔物、ワイバーンだった。

 ワイバーンは旋回してそして俺たちから少し離れた場所に着地する。

 その背の上には四十歳くらいの眼帯をした男が乗っていた。

 その顔には眼帯だけでは隠し切れないくらいの大きな傷もある。


「ワグナー殿!」


 捕まっていた男が声を上げた。

 ワグナー、それがあいつの名前か。

 強いってことだけはわかるが、底が見えない。


「ワグナー殿、どうかもう一度我らにご助力を! ワグナー殿の魔物がいればこの邪教徒などひとたまりも――」

「黙れ。敵の力も見抜けぬ愚か者が。三級の従魔などを使ったところでそこの男には勝てない」


 とワグナーが俺を見て言う。


「もっとも、期待外れの強さではあるな。従魔のコボルトビルダーが一級の魔物であった故、使い手はさぞ優れた魔物使いであると思ったが、この程度か。警戒する必要はなかったか。では、俺は最後の仕事をして帰るとするか」


 ワグナーはそう言うと、その手に剣が現れる。

 その剣に見覚えがあった。

 かつて、ゴブリンキングが持っていた剣だ。

 俺も黒鉄の剣を取り出す。

 しかしワグナーは俺のほうを一切見ずにその剣を振った。

 すると、剣を纏っていた黒いオーラが霧散する。

 一体何を?


 と思った次の瞬間、捕まっていたクナイド教の連中がもがき苦しみ出した。


「ワ、ワグナー殿、いったいなにを……」


 そう言った男の姿は、いや、男だけでなく気絶していたクラナド教の奴ら全員が水分を失ったミイラのようになって、そして動かなくなる。

 地図で確認しなくても死んでいるのがわかる。


「これで我の用事も終わりだ。全く使えぬ駒の処分ほど面倒なものはない」


 ワグナーはそう言うと、ワイバーンに再度飛び乗り、そして空に舞った。

 ミスラが杖を構えるが、俺は彼女を止める。

 ここで倒した方がいい敵なのは俺もわかるが、ここで戦いになったらヤバイのは俺たちの方だ。

 ラッキー船長や怪我人もいるし、アムとポチも気絶している。

 こんな状況で戦えない。

 撤退してくれるというのであれば撤退してもらうしかないのだ。


 それをわかっているのは隊長さんも同じだった。

 そして、ワグナーを載せたワイバーンは西の空へと飛び去って行った。

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