第170話 ポチを元に戻すのはポチを倒せたあとで-1
可愛い顔で俺を噛みつこうとしたと言い出したポチ。
それは、ポチが敵に回ったことを示している。
蒼剣においても常に味方でいたはずのポチが敵に。
「ご主人様――ポチさんは」
「操られている。メンフィスの時と同じだと思う」
「でしたら、万能薬を飲ませれば元に戻るということですね」
「そうだ。だが、そう簡単には飲ませられないぞ」
さっきも危なかった。
もしも噛みつかれていたら?
俺の防御力でポチの攻撃を防げるのか?
「アム、手加減の能力は覚えてるな?」
「はい」
「だったら、手加減を使って、本気で行くぞ パワーレイズ!」
俺はそう言って、自分に強化魔法を使い、黒鉄の剣を構える。
アムも速度重視のポチを確実にとらえるために短剣を装備した。
「あるじ、ポチと戦う気ですか? ポチは強いのですよ?」
「知ってるよ。なんてったって、お前のあるじだからな!」
俺は手加減能力を使いながら全力でポチに切りかかるが、次の瞬間、ポチが消え、後ろから蹴り飛ばされた。
見えなかった――俊敏による高速移動ではない、能力によるカウンター技だ。
ただの蹴りなのに、鉄骨で殴られたかのような衝撃だ。
体力が三割減っている。
すかさず道具欄に入れていたハイポーションを使うも、完全回復には至らない。
「ポチさん覚悟」
「犬も歩けば棒に当たる」
ポチが後ろにバックステップすると同時に、空から落ちてきた棒がアムの頭に当たった。
途端、アムが動かなくなる。
あれは、コボルトヒーローの特技だ。
敵味方ランダムに棒落ちてくる。その棒に当たると、丸い石と同様スタン状態に陥る。
今回の棒はポチに当たる予定だったが、ポチは自分に当たるとわかった途端、バックステップをしてその攻撃をアムに向けさせた。
「ポチのターゲットはアムさんじゃないので邪魔しないでほしいのです。ポチはあるじを倒せって命令を受けているのですよ」
そう言って、ポチはアムを蹴飛ばした。
アムが吹き飛ばされる。
「アム!」
「あるじは自分の心配をした方がいいのです! 犬属召喚」
突如、ポチの前にコボルトが三頭現れる。
「おい、ポチ。俺にそんな魔物を召喚して意味あるとわかっているのか?」
「普通に戦ったら意味がないのです。でも――」
とポチがそう言った途端、三頭のコボルトとそしてポチが同時に吠えた。
「「「「アオォォォォーーーーーーーーーーーン!!!!」」」」
耳をつんざく勢いの雄たけびに、俺は思わず顔を顰める。
身体が動かない。
四匹の犬系の魔物の協力技「おたけびカルテット」。
その効果は、全てのバフの解除及び、相手の一ターン行動不能。
俺のパワーレイズを解除した上に、動きを完全に封じられた。
「あるじ、覚悟なのです!」
まずい、やられる!?
そう思った次の瞬間、ポチにそいつが体当たりをした。
ブラックウルフだった。
思い出した、ポチが俺のメッセンジャーとして送ってきたブラックウルフだ。
思わぬ攻撃にポチの動きが止まる。
「何をするのですか!? あなたはポチの犬属なのですよ!」
「ガウ」
「え? ポチの命令で、ポチがあるじを殺そうとしたら助けるように言われた? そんな命令解除なのです!」
「ガウ」
「最優先命令だから解除できない? だったらコボルトたち! その裏切者を足止めするのです! その間にポチがあるじを倒すのです!」
ポチが召喚した三匹のコボルトたちがブラックウルフの足止めに向かう中、ポチが再度俺に攻撃を仕掛けてくるが、もう雄たけびの行動不能時間は過ぎている。
「アクセルターン!」
回転してポチの攻撃を避けながら、カウンターによる一撃をようやくポチに入れた。
「痛いのです」
ポチが半泣きになって自分の腕をペロペロ舐める。
くっ、そんな顔されたら攻撃しにくい……って、まずい。
あれは毛づくろい――回復用の能力だ。
「あるじ、やるのですね」
「お前はあんまりやる気がなさそうだな。俺が知ってるポチはもっと強いぞ?」
「まぁ、やる気がないのは事実なのですよ。ポチだってあるじと戦うなんて本当は嫌なのです」
「だったら、素直に負けてくれないか?」
「それもできないのです」
命令には逆らえない、しかし、命令の範囲外なら、たとえばアムを殺さないようにしてくれるあたりはポチとしての自意識は残っているのか。
ブラックウルフについても殺すのではなく足止めをしろって言っているあたり、ポチの優しさが垣間見える。
「では、あるじ。そろそろ本気で行くのですよ――コボルト流犬法、犬分身の術」
ポチがそう唱えると、三体のポチの分身が現れ、合計四体のポチになった。
ってそれ、犬忍者の特技じゃないか!?
現れた三体も本物に比べて能力は劣るが実体のある分身だ。
そして、そのうちの三体が遠ざかる。
逃げるのか? 違う、霧の中に隠れたんだ。
くそっ、地図で位置がわかるにしても、直接見えるのと見えないのとでは対処のしやすさが全然違う。
ミストタートルの霧がこんな風に俺を苦しめることになるなんて。
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