第168話 作戦開始は霧が満ちたあとで

 突然、ブラックウルフがポチの口調で喋り出した。

 なので、俺は

 

「この狼はポチの犬属けんぞくです」

「眷属だと? ただのコボルトではないと思っていたが、ブラックウルフを眷属にできるのか」


 俺も驚きだよ。

 魔物を配下にしているってのも驚きだが、なにより、犬属だっていってるのに、これって狼だもんな。

 イヌ科ではあるけれども。


「それで、ポチ。無事なんだな」

『はいなのです。目を覚ました時は大きな鳥さんに攫われていたので、気付かれる前に荷物の中に隠れて息を潜めていたのです』


 喋るブラックウルフ。

 ミスラがその前に立ち、手を差し出すと、ブラックウルフはお座りをして前足をミスラの手の上に載せた。

 そして、「……おりこう」と呟いて頭を撫でている。

 なにそれ、いいな。

 俺もブラックウルフにお手とかおかわりしたいぞ。


「それで、ポチはどこにいるんだ?」

『ポチがいるのはこの先の村の倉庫の中なのです。たくさんのお酒と食糧と干し肉があるのです』

「干し肉?」

『豚さんのお肉なのです』


 グレイトピッグだろうか?

 もしかしたらオーク肉かもしれないが、たぶん従魔の餌なのだろう。


「逃げられないのか?」

『窓はあるのですが、鉄格子が嵌め込まれていて逃げられないのです。窓からこのブラックウルフさんを見つけたので、干し肉を条件に一時的に犬属としてメッセンジャーになってもらったのです』


 ポチの状況はわかった。

 倉庫の中か。


「ポチ殿。敵の規模と構成、囚われている人間の有無、可能な限り教えてもらえるだろうか?」

『荷物の中に隠れていてわからなかったのですが、人間の声がしたのです。「生かしたまま連れてくるのが面倒だ。一思いに全員殺せたら楽なのに」と言っていたのです』


 殺せたら楽?

 つまり、殺せない理由があるってことか?

 奴隷として他国に売る?

 それとも、人質にして国と交渉?

 どれもいまいちピンとこない。


「他に何か言っていなかったか?」

『うーん、他なのですか? 「レザッカバウムの名の許に」みたいなことを言っている人が多かったのです』

「……レザッカバウム」


 ミスラがそう呟いて立ち上がる。

 ブラックウルフに飽きたのだろうか?

 少し顔色が悪い気がする。


「レザッカバウム? 聞いたことがないが――」

「敵の首領の名前だろうか?」

「ともかく、いまので仲間が生きている可能性があることがわかった。ここからはさらに慎重に行動をしないといけないな」


 隊長さんの言葉に皆が頷く。

 衛兵や騎士を人質にされたら困る。

 軍隊だったら、仲間を人質に取られても容赦なく敵を殲滅するイメージがあるが、俺はそこまでは割り切れない。

 結局、頼りはミストタートルだな。

 ここからミストタートルは噴出口を土で塞がなくても道具欄に収納したら同じじゃないか? ということで噴出口に詰まった土を取り除く必要はない。

 

「さてと――」


 俺もお手をしようと思ったのだが、ブラックウルフは突然お座りを解除すると森の中に消えていった。

 メッセンジャーの役割が終わったから犬属状態が解除されたのかもしれない。

 干し肉分は働いたぞってことか。

 先に頭だけでも撫でておけばよかった。


 俺は代わりに取り出したミストタートルの頭を撫でた。

 急に頭を撫でられたミストタートルは驚いたのか首を引っ込めて甲羅の中に籠ってしまった。

 甲羅を撫でたけれど、石を撫でているみたいでつまらなかった。


 霧の中進む。

 ラッキー船長が村のあると言っていた場所が見つかった。

 敵の数は三十二。

 そのうち人間が何人か? 魔物が何匹かはわからない。

 そして、白いマーク。

 建物に一つ。それと別の大きな建物に二十。

 一つの部分がポチのいる倉庫だろう。

 ポチはまだ見つかっていないから、先に助けるのは囚われている二十人か。

 ただ、妙だ。

 行方不明の兵は十人程度――なんで倍の人数が囚われているんだ?

 ラッキー船長の話では、船を襲った山賊たちは荷物は奪ったが人を襲ったりはしなかったはずなんだが。

 でも、白いマークだし、いまのところ敵じゃないってことだよな。

 だったら助けるのに問題はないだろう。


 俺たちは霧の中、周囲に敵が来ないのを確認しながら地図を紙に摸写して状況を共有する。


「霧が村を覆い次第、急襲する。部隊の編制は――」


 と指示を出した。

 ミストタートルを道具欄から出して置く。

 霧が満ちていく。

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