第167話 豚退治は亀を置いたあとで

「隊長、この先にオークが三体見張っています」


 さっき、敵がいるのがわかった。

 本拠地も近付いていることから、隊長さんが獣人の騎士さんを斥候として出した。

 地図だと敵がいるのはわかって、自分より強いか弱いか同じくらいかはわかっても、それが魔物か人間かすらわからない。

 ただ、野生動物にしては明らかに待ち伏せと思われるその配置から、山賊がいるのかもしれないと思ったが、いたのは山賊ではなくオークだった。


「それと、遠目なので確実ではないのですが、オークが持っている剣ですが、この国の兵に支給されている物に似ています」

「攫われた騎士のもの――いや、彼らが持っていたのは槍だったか」

「はい。おそらくは行方不明の兵のものかと」


 ダイダラワームの作った偽物の街道に騙され、岬に誘導されて行方不明になったと思われる国境の衛兵の装備か。

 その持ち主はどうしているのだろうか?

 生きているか? それとも死んでいるか?


「オーク以外はいないのか?」

「ええ、いませんでした」

「そうか……しかし、オークは厄介だな。見つかれば仲間を呼ばれるだろう。できることなら山賊のアジトを急襲するまでは知られずに行きたいが――この道以外の場所を通るとなると――」


 鬱蒼と茂る森は、整備されている森林と違い、真っすぐ進むことができるはずもない。

 だが、この道は遮蔽物がなにもないので見つからずに街道を越えるのは難しい。

 なら――


「こいつを使います?」


 俺は道具欄からそれを取りだした。


「な、トーカ殿、それは?」

「ミストタートルです。持ってきちゃいました」


 いやぁ、海藻を食べている姿がかわいかったので、つい穴を塞いだミストタートルを全部持ってきてしまった。

 道具欄に入るかどうかわからなかったけれど、子山羊や子牛、鶏なども入るんだからやってみようと思えば入るんじゃないか?

 と思ったら見事に入った。

 魔物であるはずなのだが、ゲームシステムが無害な家畜と扱ってもいいと判断したのかもしれない。


「なるほど。いままで散々霧に苦しめられた意趣返しに持ってきたわけだな」


 そんな意図は全然ありません。


 ミストタートルに海藻を与え、街道の脇に置き、甲羅の噴射口を塞いでいた土を穿り返すと、霧が吹きだされ、周囲は徐々に視界を奪われていく。

 そして、完全に霧が立ち込めた中、彼女が動いた。

 アムだ。


 彼女は霧の中、その嗅覚を頼りに高速で街道を駆け抜け、オークに接近すると、相手が叫ぶ前に二本の短剣を使って相手の喉を切り裂き絶命させている――らしい。

 地図を見ているとアムに接近された赤い点が次々に消えているところしか見えない。


「トーカ殿――彼女は実は暗殺者かなにかなのか?」

「いいえ、そんな経歴はありませんよ」


 ただの俺の嫁です。

 職業は盗賊ですけど。

 でも、凄いよな。

 忍び足の能力もないのに、足音もなく走る姿とかは、暗殺者を疑っても仕方がない。

 どうせ、彼女の母親から教わった走り方だろうけれど。


「敵が全滅しましたね。行きましょう」


 先行しているアムに追いつくために俺たちは隊長さんに言った。

 さて、さらに奥に行く。

 これまでと少し道の雰囲気が違う。

 ダイダラワームが通った道には違いないが、それにしては道が安定しているというか。


「昔に比べ、随分と地形が変わっているが、ここは本来の村と村を繋ぐ道があった場所だ。目的の村はここから目と鼻の先だぞ」


 ラッキー船長が周囲を慎重に確認して言う。

 恐らく、確信をもったのは彼が触れている木だろう。

 随分と大きな木だ。

 五十年以上前からこの街道を守ってきたのかもしれない。

 そして、本来の街道の西の方に人の気配がある。

 数はさっきより多い十五。

 恐らく、俺たちがこの島に上陸してきたのを確認し、襲撃してくるとしたらそっちからだと思って警戒しているのだろう。

 ロック鳥が俺たちの乗っていた船を襲ってきたことから、俺たちがこの島に上陸したことは山賊も織り込み済み。

 おそらく、ダンジョンから出て暫くしたところで、オークを使って騎士達に打撃を与えるつもりだったのだろう。

 仮にダンジョンを出たところで、オークに襲われたとする。

 先ほどのぬかるみでオークの足跡を見ていなかったら、俺たちはそのオークが敵の従魔なのか野生の魔物なのかわからないだろう。

 山賊が確実にこの島にいる証拠となるこのダイダラワームによって整地された合流地点に辿り着く前に、叩き潰して撤退させようという作戦だったのかもしれない。


 結果的に、敵の裏をかくことができたわけか。

 運がこちらに向いてきている。

 そう思ったとき、地図にまた反応が。


 あれは黒い狼?


「気を付けろ――ブラックウルフ。狂暴な狼だ」


 と騎士達が剣を構える。が――


「待ってください! たぶんあれは敵ではありません!」


 俺は彼らを止める。

 すると、黒い狼はこちらを見据えて言った。


『あるじ、待っていたのです』

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