第160話 仲間の救助は命令に背いたあとで
「やはりミストタートルがいたのか」
霧の噴出口の穴を塞がれたミストタートルを見ると、隊長さんが深いため息をつく。
やはりっていうことは、ミストタートルがいる予想はついていたのか。
「やはりってことは知っていたのですか?」
「ああ、ミストタートルはウェルドン諸島の一部にいる魔物だからな。戦闘力はないが、魔力により周囲の水を集めて体内で霧に作り替える力がある。霧そのものには魔力がないから魔術師にも気付かれにくい。産卵期を除き、餌を与えてお腹がいっぱいになったら暫くはその場から動かなくなる。かつては戦争にも広く利用された魔物だ」
いろいろって、今回みたいな山賊だけではなく、それこそ戦争などでも利用されるのだろう。
でも、かつてって、今は使われていないのか?
好きな場所に霧を作る事ができるって、戦略兵器としても有用だと思うが。
その理由は簡単だった。
絶滅危惧種となったのだろう。
ミストタートルが有用な魔物だとするのなら、ミストタートルを探そうとする人間は必ず現れる。
広範囲に広がる霧――本来なら自分の身を護るためのその霧は、ミストタートルを狩る者にとっては目印になる。
そして、ミストタートルは捕まり、戦争などに利用されたのだろう。
人工繁殖をしようとしなかったのか、失敗したのかは知らないが、大きく数を減らしたミストタートルは絶滅危惧種となった。
「このミストタートルはどうなるんですか?」
「山賊の従魔であるとするのなら殺さなくてはならないのだが、ミストタートルはウェルドン諸島の特別保護生物だ。とりあえず霧の噴出口を塞ぎ、全てが終わった後捕獲。ウェルドン諸島に運び野に放とう」
そうか、よかった。
武装した騎士達に囲まれているというのに逃げようとも動こうともせずに海藻を食べるミストタートルを見てそう思った。
「とにかく、この霧の規模だ。一匹や二匹ではないだろう。岬の下にもいるに違いない。全てのミストタートルの発見は難しいだろうが、可能な限りミストタートルの噴出口を塞いでほしい」
岬の上にいるミストタートルなら全部見つけられると思うが、さすがに崖の下や岩礁地帯にいるミストタートルまで穴を塞ぎに行くのは難しいだろう。
それでも、できる限りのミストタートルの穴を塞ぐ約束をする。
地図のお陰で、いくつもミストタートルを見つけることができた。
しかし、肝心の敵が見つからない。
このまま岬の先端まで行くんじゃないかって思ったその時だ。
反応があった。
「敵がいます。数は五。さっき逃げたダイダラワームかもしれません。それと、岬の先端に別の気配が一つ……こちらは敵じゃありません。ミストタートルか、もしくは――」
「隊長! この匂い、あのミミズ野郎に喰われた仲間です!」
「トーカ殿、気配がするっていうのなら、仲間は生きているんだよな!」
「血の臭いもします! 怪我をしているのなら急いで治療しないと――」
獣人の騎士たちが騒いだ。
匂いで仲間の状況がわかるのだろう。
ミストタートルの噴出口も塞いでいたので、霧がだいぶ薄くなってきていたので、このまま進めば影も見えてくるだろう。
「待て、勝手な行動をするな。敵の気配がすると言っている。罠の可能性が高い。うかつに近付くのは危険だ」
「大丈夫です、隊長。ダイダラワームが出てくるタイミングはさっきのでだいたいわかりました! 俺の足なら仲間を背負っても逃げられます!」
仲間想いの獣人がそう進言する。
確かに、ダイダラワームが動けば振動でわかるか。
しかし、なんであんな岬の先端にいるんだ?
「すみません、俺、行きます!」
獣人の騎士の一人が動いた。
ダイダラワームがいる場所を越えて、仲間のところに行く。
しかし、なんでダイダラワームはこんなところに集まっているんだ?
他にも食われた騎士がいたはずだし、ポチの気配もない。
それに、ロック鳥も。
霧が薄くなった空を見るも、空を飛ぶ魔物の気配はない。
なんなんだ?
この妙な違和感に気付いたのは俺だけではなかったらしい。
アムも小さく呟くように言った。
「まるで誘い込まれているのに、敵は地下から姿を見せず、そして目に見える罠もない。妙な感じです」
俺もそう思う。
なんでダイダラワームは動かない?
襲うつもりがないのなら、何故俺たちをここにおびき寄せた?
岬の先端まで――岬の先端。
「「崩落っ!」」
俺と隊長さんが気付いたのは同時だった。
「戻れっ!」
隊長さんが叫び、仲間の救助に言った獣人の騎士に指示を出したその時、地面が大きく揺れた。
これまでにない大きな振動に立っているのもやっとな状況だ。
次の瞬間、地面が大きく割れた。
地割れ、そして地滑り。
岬が崩れて、仲間を救助に向かった獣人の騎士は、怪我をして動けなくなっている仲間とともにその崩落に巻き込まれて海へと落ちていった。
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