第148話 祭りの始まりは醤油の香に誘われたあとで

 なんでも、かつて召喚された勇者が港町を訪れたとき、当時は捨てられていたタコやイカを好んで食べていたという伝承が残っている。その話のおかげで、見た目は気持ち悪いタコやイカは、いまでは多くの人が好んで食べるようになったのだとか。いろいろな食べ方も研究され、タコを塩で揉んで滑りを取ったり、イカ墨でパスタを作ったりする文化も既にあるという。

 異世界メリシアを甘くみていたようだ。


 無いとわかれば、タコとイカ、食べたくなるが。


「じゃあ、生で魚を食べるとかもあるんですか?」

「あんた、何言ってるんだい。魚を生で食べたらお腹壊すから絶対に食べたらいけないよ」


 あ、そっちはないのか。

 新鮮な海水魚でもアニサキスなどの寄生虫はいるからな。


「あ、あとこの貝下さい」

「まいどどうも」


 ホタテに似た貝をいくつか購入して買い出し終了と。

 イリスは教会が発行している共通貨幣になっていて、この国でも使用できる。

 大量に魚を買ってもたったの50イリス。

 さらにおまけに売り物にならない小魚をいくつか分けてもらった。

 いやぁ、いい買い物をした。

 

「そういえば、山賊騒ぎがあるけど漁には普通に出てるんですね」

「ああ、西の岬のあれかい? そりゃ山賊は怖いけど。でも、岬に近付かなければ襲われたことはないし、それに、大人しくしてれば荷物を奪われるだけで命までは奪われないそうだしね」

「そうなんですか?」

「ああ、そう聞いてるよ?」


 俺はアムの方を見る。

 すると彼女は言った。

 百獣の牙の盗賊団は荷物を素直に差し出したら命を奪わないようなそんな甘い盗賊団ではなかったらしい。

 ということは、やっぱり百獣の牙と山賊たちは別の組織なのか。


「心配なのはポーツ村の連中だよ。山賊騒ぎで、船の行き来ができないから、あの村は完全な孤立状態になってるからね。あの村は時折黒真珠が見つかるからそれを売ったお金で穀物や野菜などを買っていたんだけど、それができないとなると。あの村はジリ貧だろうから」


 そうか、だからポットクールさんは食糧の支援のために俺たちに依頼を出したのか。

 

「山賊って何者なんですかね?」

「さぁね。盗賊の類だと思うけれどね。それより、突然現れる山の方が気になるよ。突然海に山が現れたら海流の向きが変わるからね。漁の影響が出たら困るんだよ」


 海流か。

 そりゃ、山が現れたらそうなるよな。

 あれ?


「ということは、いまのところ海流に大きな変化はないんですか?」

「ああ、そういうのは聞かないね」


 てことは、本当に山が現れてるわけじゃないってことかな? 

 いや、一瞬しか現れないから影響が出ていないだけかもしれない。

 そう山賊に実際に遭遇した人がいたらわかるかもしれない。

 明日、俺たちが乗る船の船頭さんが実際に遭遇した人らしいので、そこで詳しく聞けるだろう。

 さらに西の街道についても話が行く。

 といっても、こちらは特に目新しい話は何もなかった。

 まぁ、騎士団さんたちが調べたあとだから、彼ら以上に詳しいことを知っている人はいないだろう。

 新しく分かった情報といえば、土砂崩れが起こった現場は過去に一度も災害の起きたことのないもので、人為的に崩された可能性が高いということくらいか。


 桶に入った魚を持って宿の隣にある納屋に向かうと、ポチが準備をしていた。


「あるじ、おかえりなさいなのです」

「ただいま、ポチ……って、鍋? もう料理作ってるのか?」


 七輪の上を土鍋が占拠していた。

 家でも見たことのある土鍋だ。

 わざわざ持ってきたのだろう。


「ご飯を炊いてたのですよ」

「米を持ってきてたのか?」

「はいなのです。あるじはきっと、焼き魚を食べるとご飯が欲しくなると思うのです」


 ポチ、お前最高だな!

 ポチは鍋掴みを使って土鍋をどかし、網を乗せ、俺たちが買ってきた魚介類を焼き始めた。


「まずは貝にお酒を掛けるのです」


 そう言って、ポチは持ってきていた小さな酒瓶の日本酒を貝にかけた。

 酒の持つ独特な甘い香りが周囲に広がる。

 そしてその上でかけるのが醤油だ。

 酒の香りから、一気に醤油の持つ香りに変わった。


「とてもいい匂いですね。ショーユの香りには慣れてきましたが、網で焼くとさらに格別です」

「……ん、食欲そそる香り」


 なんで網焼きの醤油の匂いってこう破壊力抜群なのだろうか。

 この匂いだけで白飯が食べられそうだ。


「貝が焼けたのです。みんなで食べるのですよ」


 そう言って、ポチが火鋏を器用に使い、四つの貝をそれぞれの取り皿に載せる。

 俺はマイ箸で、アムとミスラとポチはマイフォークで食べる。


 うまい!

 見た目もそうだが、味もホタテに似ている。

 上品で旨味が濃くて感触もいい。

 舌の上でとろけるような食感とコクのある甘味が醤油によってさらに引き出されている。


「なんかいい香りがするな」

「なあ、あんたたち、何を焼いてるんだ?」


 広い村じゃないので、その匂いにつられて多くの村人たちが集まってきた。


「貝を焼いているんです」

「貝を焼くだけでそんなうまそうな匂いになるのか?」

「はいなのです。この調味料を使えば美味しく焼けるのです」


 とポチが醤油の入った瓶を出すと、


「なぁ、俺たちも貝を持ってくるから焼いてくれないか?」

「ああ、その匂いを嗅いでたら辛抱できん」


 と言ってきた。

 我慢できない気持ちはわかる。

 ポチに尋ねたところ、醤油は十分あるとのことなので――


「いいのですよ。でも、七輪と網が足りないからそれも持ってきてほしいのです」

「「わかった」」


 と村人たちが貝を買い集めたり、七輪を取りに行ったりと散り散りになった。

 そして、持って帰ってきたときには人数は何倍にも膨れ上がっていた。

 さらには麦酒や他の魚介類を持ってくる奴まで現れて、もはや祭り状態になりそうだ。

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