第143話 ポチの考えを聞くのはアムの母さんの武勇伝を聞いたあとで

 星露草があれば木化病が治ると聞いて、


「本当に治るんだな! 妹は治るんだな!」


 と子どもが興奮気味にトンプソンに言った。

 トンプソンは「落ち着け。薬の調合には時間がかかるが、必ず治る」と言って子どもを落ち着かせるが、俺の方は落ち着かない

 かつて星露草をダンジョンから持ち帰ったのがアムの母親だと知ったから。

 時期的に、開拓村に来たばかりの頃だ。

 自由都市から歩いて一日以上の場所とはいえ、村を作るのだから挨拶をしておくのがケジメだと思ったのだろう。


「あの冒険者はボスに言っていた。死の大地の周辺は無法者が集まる。どうせ集まるのなら、集まるための場所があった方がいい。この自由都市は無法者の避雷針になってくれる必要悪だと。酷い女だろ? マフィアのボスに向かって堂々と悪だと断言できる人間などそうはいないぞ」


 おっちゃんはそう言って笑った。


「でも、なんでアムの母さんはスターアルラウネのところに辿り着く方法を教えなかったんだ?」

「教えなかったのではなく、教える必要がないと思ったのでしょう」

「簡単にたどり着くと思ったのか?」

「いいえ、恐らく母は知らなかったのです。スターアルラウネが特別な魔物だと――母は昔からくじ引きで当たりを引き当てるのが得意でしたから」


 それって、つまり適当に転移陣を使って移動したらそれが偶然季節を巡る順路で、普通のアルラウネに出会うことなくスターアルラウネと戦って勝ったっていうことか。

 それって、確率的にどんなものなんだ?

 ノーヒントで辿り着こうと思うと数千、数万分の一になるはずだ。


 アムの母さん、どれだけ強運なんだ?

 もしかしたら、運の値が三桁はあるんじゃないだろうか?

 ……くっ、仲間に欲しい。

 ていうか、スターアルラウネを撃破するって、Aランク冒険者並みだぞ。


「アムの母さん、そんなに強かったのになんで借金返せなかったんだ?」


 俺が冒険者になってわかったことだが、この世界は強ければお金を稼ぐのはかなり容易だ。

 魔物から直接イリスがドロップしなくても、金になる魔物というのは結構いる。

 それだけの強さなら、護衛依頼を一度受けるだけでも借金の返済ができそうだ。


「理由はわかりませんが母はポットクール様だけではなく、他にも莫大な借金を抱えていましたから、ほとんどはその返済費用に宛てていました。母が亡くなる頃になって、ようやく利息の一番低いポットクール様の借金のみとなったそうです」

「……それだけ運が高いのなら、賭場にいったらよかったのに」


 ミスラが元も子もないことを言った。

 俺も同じことを思ったが、ああいう場所って運だけで勝てる場所じゃないと思うぞ。

 裏で何をされるかわからないし、あまり勝ち過ぎたら店の裏に案内される――ってマフィアのいる前では言えないが。


「つまり、俺たちに依頼を出したのはアムのことを知っていたからなのか?」

「いいや? うちらに聖者様に依頼を出すように言ってきた奴がいてな。そいつの思惑に乗ったってだけだ」

「そいつって……一体誰が」


 俺に依頼を出すように言ってきた人物?

 一体、それは……ポットクールさんか?

 いや、ポットクールさんからの依頼なら、そんな回りくどいことをするだろうか?

 だとしたら、他に誰が……まさか、まだ見ぬ敵が――


「ポチなのです」

「なんだ、ポチかぁ――ってポチっ!?」


 ベットの下ポチが現れた。

 お前、いつの間にベッドの下に潜んでやがったんだ。


「部屋の掃除をしてくれるって言うから連れて来たんだけど、お前のペットだったのか?」


 この部屋の主の男の子が尋ねた。

 ポチがどうやってベッドの下に入ったのかはわかったが。


「どういうことなんだ、ポチ」

「ポチはトンプソンさんにあるじを見定めるように頼んだのです」

「見定めるって、種馬としてか?」

「交渉相手としてなのです。ウサピーに頼まれたのですよ」

「ウサピーに?」


 何でここにウサピーが出てくるんだ?


「全く凄い話よね。死の大地の全ての村と町を転移陣で繋ぎ、交易連合を作る。そのためにうちらの組織ファミリーをすべてウサギ商会に取り込もうだなんて」


 なにそれっ!?


「ポチ、俺そんな話、全然聞いてないぞ」

「……? あるじ、商売のことは全部ウサピーに任せるって言っていたのです。だからウサピーが勝手に動いているのですよ」


 勝手に動き過ぎだ!


「トンプソンはそんな話信じたのか」

「ああ。部下を使って転移陣については既に確認済みだ。転移門を設置するには聖者様の配下にならないといけないことも聞いているよ。もっとも、会ったことのない人間の下につくなんて死んでも御免だからね。実際に会って、あんたを試させてもらったってわけだ。うちらの組織ファミリーは聖者様の下につかせてもらうよ」

「――っ!? ちょっと待ってください」


 俺はポチを引っ張って外に出る。

 誰にも聞こえないように家の裏に移動し、ポチの両前足を掴んで言った。


「ポチ、何を考えてるんだよ!」

「さっき話した通りなのですよ? 商売を手広くするには、それを取り仕切るノウハウを持った組織を取り込むのが手っ取り早いのです。ウサピーはその根回しをずっとしていたのですよ? すでにこの町の組織の幹部の三割はウサピーの傀儡、さらに三割もウサピーとは裏取り引きが成立しているのです」

「はぁ? いや、マフィアって犯罪者組織だろ? そんな奴らと取り引きなんてして大丈夫なのかよ」

「いまは犯罪者組織じゃないのです。犯罪者は奴隷として売り払ったり、賞金首はギルドに引き渡しているのです。犯罪者予備軍の大人さんたちはもれなく組織の更生施設に預けられて真っ当な組員に生まれ変わって働いているのですよ?」


 そういえば、危ない薬ももう取り扱っていないって言っていたし――本当に犯罪者じゃないのか?

 でも、マフィアのような怖い奴らの上に立つって、なんだよ、それ。

 俺にゴッドファーザーなんて務まらないぞ。


「組織の管理は今まで通りトンプソンが行うので心配ないのです。細かいこともウサピーがやってくれるのです」

「でも、転移門がマフィアの根城と繋がるってのは――」

「問題があると思ったら、転移門を繋がらなくすることも撤去もいつでもできるのですよ? 主は今まで通りにしていればいいのです」


 今まで通りにしていればいい。

 ……問題、ないのか?

 管理は全部ウサピーがしてくれる?

 いや、全部ウサピーに任せたツケがこの結果なんだが。


「……わかった。でも、今度からこんな大きいことをするときは事前に教えてくれ。さすがに全部任せ過ぎたと反省する」

「わかったのです」


 ポチは愛くるしい笑顔でそう言って俺に敬礼するのだった。

 こうして、トンプソンの組織はウサピーの営むウサギ商会の傘下に入ったのだった。

 ウサギ商会ってそのまんまだな。


 ……俺の名前が遊佐紀だったせいで、子どもの頃のあだ名がウサギだったからその商会名にしたとかじゃないよな?

 ここまでお膳立てされたらあり得る……怖いので聞かずにおこう。


「あ、ウサギ商会はトンプソンさんの聞き間違いで、本当はユサキ商会なのです」


 ……俺の名前かよっ!?

 取引先の名前聞き間違えないで欲しい、いや、ウサピーのことを知っていたら聞き間違えるのは仕方ないかもしれないが。

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