第142話 星露草の納品は薬が必要な理由を知ったあとで

 俺にとって衝撃だったのは、これまで見てきたオークアルラウネやおっさんアルラウネよりもアルラウネのような見た目をしていたことだ。

 生きているのは間違いない。

 死んでいたら地図上に表示されない。

 そして、彼女の表示は魔物のそれではなく、無害なキャラクターを示す白いマークだった。


「かつて、この町である薬が流行ったの。名前は赤葉薬レッドリーフ――素材として使われていたのが赤色の葉っぱだったからそう呼ばれていたわ。赤葉薬レッドリーフはこれまで流行った麻薬と違い快感と中毒性が高い薬。なのに幻覚などの副作用は少なく、薬を服用していれば日常生活を送れるため安全な薬。そう思われていた。でも、違った」

「まさか、そのヤバイ薬を飲んだらこうなるっていうのか?」

「それだったらマシ。だって、安易な快感を得るために赤葉薬レッドリーフに手を出した者の末路と考えると打倒な結末よ」


 辛辣な感じで彼女は言った。

 その薬の影響じゃないのか。

 いや、考えてみれば危ない薬に手を出すにしては目の前の少女は幼い。


「薬が出回ってから五年して気付いたの。何の影響もないと思われた赤葉薬レッドリーフは服用した本人には何の影響もなくても、その子どもに影響が出るって。最初は身体が緑になっていく。そして、徐々に身体が動かなくなっていき、いずれ目を覚まさなくなる。身体が植物になっていき、動かなくなる病気。木化病もくかびょうって呼ばれている」

「俺たちが手に入れてきたのは癒し草はその治療薬を作るのに?」

「いいえ、癒し草は木化病の発症を遅らせるだけ。治療はできないわ」


 治療ができない……か。

 万能薬を使えば治療できるかもしれないが。


「木化病の患者は多いのか?」

「少ないわ。この子を含めて三人程度ね」

「殺してるだけだろ!」


 そう言ったのはここに案内した子どもだった。

 トンプソンは頷いて言う。


「その通りよ。木化病を発症した子はほとんど見殺しにされる。水だけ与えていれば死ぬことはない。それでも、動けない人間を養うほど、この町の人間は余裕がある者は少ない」

「トンプソンさんの配下の子どもはいないのか?」

「薬を売っていたのはうちの組織。木化病はうちらの組織にとって負の象徴。そんな子を生かしておくと思う?」


 つまり――そういうことなのか。

 でも、三人だけなら――

 いや、待てよ?


「発症しているのは三人だって言ったな。じゃあ、発症していない子どもは?」


 俺はそう言って案内してくれた子どもを見る。

 彼は黙って、着ていた服を捲り、胸の部分を見せる。

 すると、胸の一部が緑色になっていた。


「三人ってのは動けなくなった数だ。俺みたいなやつはこの町に何人もいる。最近、寝てる時間も増えてきた。さっき、兄ちゃんが癒し草を取ってきたみたいなことを言ってたけど、それを使っても数年で妹みたいに動けなくなる」


 手持ちの万能薬で全員の治療は不可能だ。

 薬用キノコを使った万能薬のレシピもあるにはあるが、そっちは素材が足りない。

 治療の手立てはないのか。

 ……もしかして。


「星露草」


 俺はそれを呟くと、トンプソンは目を見開く。

 図星か。


「やっぱり、星露草があれば治療できるんですね?」

「……ええ、そう聞いているわ。でも、それを手に入れることが――」

「ここにありますよ」


 俺はそう言って、鞄の中から星露草を取り出して、トンプソンに渡した。

 トンプソンは呆けた様子で、まるで夢でも見ているような感じでそれを受け取った。

 拠点クエスト、達成だな。

 と思ったら、


「まさか、本当にあったなんて……あの人の言ってたのは本当だったの?」


 トンプソンが震える声で言った。

 まるで信じられないものを見たかのような目だ。

 何故、そんな顔をしてるんだ?

 もっと喜ぶべきだろう。

 不思議に思っていたら――


「やっぱり星露草を見つけたのか」


 そう言って入ってきたのは、トンプソンの父親のおっちゃんだった。

 尾行してきたのはアムが気付いていて、こっそり教えてくれていた。

 地図を見ても誰かがついてきているのはわかっていたし。


「あんたが例のサイン色紙を持っていたときは、まさかと思ったがな」

「サイン色紙? スターアルラウネのサイン色紙を知ってるのか?」

「ああ、知ってる。ある冒険者から聞いた。ダンジョンの奥にいるスターアルラウネ。そいつは危なくなると仲間を呼ぶ。その仲間の中にはサイン色紙を持った魔物がいる。かつて見せてもらったサイン色紙と、あんたがさっき持ってたサイン色紙、同じだったからな。わかってたぜ、星露草を手に入れたってな」

「そんな、嘘じゃなかったの? うちはてっきり嘘だとばかり……」

「バカ野郎、俺はいままでお前に一度も嘘をついたことがないよ」


 いまだに話が見えてこない。

 そう思っていたら、おっちゃんが――


「かつて、俺は赤葉薬レッドリーフの中毒患者だった」


 と自分語りを始めた。

 おっちゃんの自分語り程面白くないものはないのでかいつまんで省略すると、おっちゃんのせいで、トンプソンが木化病になったということだった。

 そして、その治療に、星露草が使われたらしい。

 ある冒険者がダンジョンの奥から持って帰ってきたという。


「その冒険者のお陰でトンプソンは助かった。だが――その冒険者が見つけたというスターアルラウネには二度と会うことができなかった。酷い話だ。俺がしっかりとスターアルラウネに会う方法を聞いていればよかったんだがな。てっきり、ボス部屋に行けばたまに会える程度のボスだと思っていたんだ」


 それで父娘の仲が悪くなったのか。

 もしかしたら、トンプソンは自分だけが治療されたことに後ろめたさのようなものを感じていたのかもしれない。

 でも、俺からしてみれば、そのスターアルラウネと会う方法をしっかりと教えなかった冒険者が悪いと思うんだよな。


「しかし、因果なものだな。かつて星露草を持ってきた冒険者。その娘のパーティがもう一度星露草を持って帰って来るとは」


 ……はい?




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