第141話 星露草の納品は病気の治療のあとで

 ダンジョンから脱出すると、例の昼間から酒を飲んでいる管理人がチビとともに出迎えてくれた。

 おっさんに出迎えられてもいい気はしないが、小犬に出迎えられるのは嬉しい。

 いまはポチに操られてないよな?


「時間がかかったな。道にでも迷ったんだな。それで、癒し草は手に入ったのか?」

「ええ、それなりに」

「がはは、そうか。さすがはトンプソンの見込んだ冒険者だ」


 おいおい、いくら親子ほど年が離れているとはいえボスを呼び捨てかよ。

 下っ端が蹴られていた光景がフラッシュバックし、このおっさんが心配になった。

 俺たちは密告ちくったりしないが、誰が聞いているかわからないぞ。

 おっさんは、座って待ってろ――と俺たちに背もたれのない椅子を勧め、のしのしという効果音がに会いそうな歩調でおっさんは誰かを呼びに行った。

 勧められた椅子に座って本日の成果を確認する。


 結局、二周目のおっさんアルラウネの宝箱はろくなのが出なかったな。

 サイン色紙も二枚目が手に入ったし。

 手乗り倉庫から出して確認する。

 落書きのようにしか見えないサインだが、よく見ると味があるように感じなくもない。

 額に入れて飾るまではいかないが、ラーメン屋の壁に飾れば、それなりの有名人が書いたように見えるだろう。


「……トーカ様、気に入ったの?」

「気に入ったわけじゃない。断じて違う。ただ、俺も有名になったときのために、サインを考えた方がいいのかなって」

「ご主人様のサインなら将来はとても価値のあるものになるでしょうね」


 アムはたぶん本気で言ってるんだろうな。

 そもそも、俺、こっちの文字を読み書きはできるけど、そこまで上手に書けるわけじゃない。

 いっそのこと、日本語で書いた方が、文字の綺麗汚いが判別できず、それでいてサインっぽくなるんじゃないだろうか?

 遊佐紀冬至――うん、画数も多いからごちゃごちゃってした感じで十分サインになる。


「待たせたな。ついてきな、トンプソンが会うそうだ」


 おっさんが戻ってきたので、俺たちはトンプソンのいる執務室に向かった。

 部屋にはさっきまでいた男たちはおらず、彼女一人だけだった。


「聖者様。草が手に入ったんだな? 早速確認させてもらってもいいかい?」

「ええ。こちらです」


 癒し草を全部取り出す。


「随分と手に入れたね。これだけあれば結構な量の薬を作れるよ。助かる。あんたに頼んで正解だった。場所が場所だけに冒険者ギルドに依頼してもなかなか集まらないし、うちの若い連中は頼りないからね。前まではうちとそこの飲んだくれの二人でダンジョンに潜ってたんだが、ボスの座を継いでからはそう簡単にダンジョンに入れなくてね」


 おっさんと二人で潜ってたのか?

 俺からしたら雑魚なアルラウネでも、きっと普通の冒険者から見れば強敵だと思うぞ。


「ああ、言ってなかったかい? うちはある人に憧れて冒険者をやってたんだ。これでも元Aランク冒険者だよ。マフィアのボスを名乗るなら、このくらいの強さは必要だからね。そこのおっさんはBランク止まりだが」

「父親に向かって酷い言い草だな、トンプソン。俺はAランクになる気がなかっただけだ。実力だけなら十分Aランクになってるぞ」


 待て待て待て、情報が多すぎる。

 二人は元高ランク冒険者で、そして父娘おやこ

 だからトンプソンのことを呼び捨てできたのか。


「はん。あんたのことを父親だと思ったことなんて一度もないね」

「ちっ……俺に懐くのはチビちゃんだけか。じゃあ仕事に戻るからあとは勝手にやりな」


 そう言って、おっさんは部屋を出ていった。

 仲が良くないんだな。

 反抗期前に父親を亡くしている俺からしてみればよくわからない感覚だ。

 アムやミスラも同じだろう。


「見苦しいところを見せたね」

「それはいいのですが、その癒し草ってどんな病気を治す薬になるんでしょうか?」


 それほど興味はなかったのだが、星露草を渡すタイミングを見計らうためにも、たぶん病気について知らないといけない気がする。アムとミスラも知らないそうだし。


「そうだね。実際に見せた方が速いか――ついておいで」


 トンプソンはそう言うと立ち上がり、俺たちを案内してくれた。

 さすがに建物の入り口には見張りのマフィアがいて、俺たちがトンプソンと一緒に出ていくのを見て、「自分たちも一緒に――」と言ったが、「あんたらはついてくるんじゃないよ」と一蹴されていた。

 結局、四人で移動することに。

 この先も、ポットクールさんからは近付いたらいけないって言われていた場所だ。

 見たところスラム街のようだが、トンプソンを恐れているのだろう。みんな遠巻きにこちらを見ているが、誰一人、こちらに近付こうとはしない。

 さらに奥にいると、子どもたちが路上で果物を食べていた。

 町に来た時、青果店から果物を盗んでいった子どもたちだ。


「お前ら、その果物はどうしたんだい?」

「拾った」

「盗んだんだろ……ったく」


 トンプソンが呆れるように言う。

 だが、ここで子どもたちを咎めるつもりはないようだ。


「アリナは中にいるかい?」

「アリナを殺すのかっ!?」

「殺すならあんたに案内なんて頼まないよ。いいから中にいれな」


 そう言ってトンプソンは10イリス銅貨を指ではじいた。

 床に落ちたそれを拾った子どもは、俺たちを値踏みするように睨みつけながら、建っているのがやっとって感じの家の中に案内する。

 そこで俺が見たのは――


「……⁉」


 緑色の皮膚をしたまるで植物のような状態で眠っている少女の姿だった。



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昨日は102話と103話の間に閑話を追加しています。

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