第135話 アムの呼吸が止まるのは転移したあとで

 俺たちの所持品はほとんどは道具欄に収納している。

 だが、全てではない。

 俺もアムもミスラも、鞄を持ち歩いている。

 道具欄がいっぱいになったとき、嵩張らないものは道具欄から取り出して鞄の中に入れて持ち運ぶのもそうだが、冒険者なのに何も持ち歩いていないのは何故か? と聞かれたときに困るからだ。

 なので、三人とも必要最低限の冒険者装備は道具欄に入れずに持ち歩いている。

 だが、それだけではない。

 例えば、アムの鞄の中には保存食が大量に入っていて、俺が見ていない(と本人が思っている)ところでこっそりと食べている。

 例えば、ミスラの鞄の中には魔導書が何冊か入っていて、暇なときに(忙しいときも)読んでいる。

 そして俺の鞄の中にも当然入っているものがある。


「これの出番が来たようだな」

「ノートですか?」

「ただのノートではない。見よ、この芸術性を!」


 俺が二人に見せたのはただのノートではない。


「……薄い線に四角がいっぱい?」

「何かの暗号でしょうか?」

「これは方眼紙だ」


 この世界には紙はあっても印刷技術は伴っていない。

 そのため、これは完全手書きの方眼紙である。

 小学校ではグラフや図形問題を作る時の定番アイテム。

 だが、俺のようなゲーマーにとって、これは別の意味を持つ。

 方眼紙というのはゲーマー必須のマッピングアイテムなのだ。

 時は俺が生まれるよりも遥か昔。

 

 ダンジョンRPGというものは存在しても、オートマッピング機能などという便利機能がないその時代。

 人間の脳で全ての構造を覚えるのが不可能だと判断した先人たちは、学校の授業で使っていた方眼紙に地図を書き込むという苦行によりその不便さを乗り越えた。

 昭和から平成初期の出来事だ。

 時代は移り変わり、平成後期以降ともなるとその出番は一気になくなり、もはや方眼紙マッピングは過去の遺物となってしまった。

 だが、蒼剣は違った。

 なんと、ダンジョンの中に地図閲覧禁止の迷路区画を作り出した。

 SNSでは荒れに荒れた。

 なんでそんなバカなことをするんだってクレームも出た。

 だが、俺はそれもまた一興だと思う。

 何故って、結構楽しかったからだ。

 自分で地図を埋めていく作業が。

 そもそも、ゲームの苦行を全部取り除けば、レベル上げの必要もなければ、レアドロップアイテムも100%出てしまうクソゲーになってしまう。

 苦行を楽しみに昇華させてこそのゲームだ。

 俺は蒼剣スタッフのその心意気に陶酔したものだ。

 いや、俺だけじゃない――蒼剣信者は皆、そう思ったことだろう。


 ということで、マッピング禁止の迷路区画が現れたときのために方眼紙ノートを用意していた。

 ……まぁ、転移魔方陣の区画の場合、方眼紙までは必要ないかもしれないが、せっかく作ったんだし、使わせてもらおう。


 ということで、総当たりで移動開始だ。


「まずはこの転移陣から――」


 と中に入る。

 次の瞬間、別の部屋に移動した。

 そこは地下だというのにピンク色の花が咲いている不思議な場所だった。

 特別な花なのだろうか?


【ダンジョン花:春をイメージしたダンジョンに咲く花。ダンジョンの外に持っていくと枯れてしまう】


 足下の転移魔法陣は存在する。

 遠くに別の転移魔方陣が二つ。

 そしてその間に飛んでいる魔物は巨大な蜂だ。

 ただのミツバチではない。


「殺戮バチですね」


 殺戮と言っているが、毒の成分は即死でも猛毒でもなく、麻痺毒。

 たぶんアナフィラキシーショックなどがあるとは聞かない。

 ここは虫系の魔物が出るダンジョンなのだろうか?

 最近、ソードビートルを倒したばかりなのだが、虫系のアドモンって他に何かいただろうか?

 そんなことを考えていると、既にアムが殺戮バチを倒していた。


「敵ではありませんね」

「まぁ、この辺はな。ドロップアイテムは蜂蜜か……」

「……殺戮バチは蜜を集めないのに蜂蜜を落とすの?」


 そのあたりは言いっこ無しだ。

 蜂なんだから蜂蜜を落とす――そういうことにしたいのだよ。


「じゃあ次はこっちな」


 また花畑だ。

 今度は殺戮バチはいない。

 だが、魔物を示すマークがある。

 ――あそこに妙に大きな花があるな。

 あれって――


「ラフレンキノコかっ!?」


 ラフレンキノコは花の形をしているが、歴としたキノコ。

 近付くとキノボウのように立ち上がり、襲って来る。

 その特徴はあまりの臭さで攻撃とともに状態異常:気絶を引き起こすことにある。

 とても臭いのだ。


「……ラフレンキノコ……危ない魔物。アム、離れ……て……って遅かった」


 アムが目を回してへばっていた。

 ってか、息をしてないんじゃないかっ!?

 そして、アムは妖狐族。

 その嗅覚は人間族を遥かに上回る。

 アムは気を失って尚、本能で呼吸することを拒否しているんだ。

 このままだと危ない。


「急いで倒すぞ」

「……倒しても臭いは消えない。アムを抱えて次の部屋に行ったほうが――」

「ラフレンキノコのドロップアイテムは消臭剤だ。他の場所にラフレンキノコが出てきたときのことを考えると手に入れておきたい。」

「……なんで臭いキノコが消臭剤持ってるの?」


 そのあたりは言いっこ無しだ。

 毒を持つ魔物が毒消しの道具を持っているのと同じだよ。

 ゲームのドロップアイテムって、結構ご都合主義なんだよな。


 ラフレンキノコを倒して手に入れた消臭剤を使ったおかげで、なんとかアムは息を吹き返した。

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