第133話 健全なマフィア経営は引き継いだあとで

 トンプソンが言った。

 俺との間に子どもを作りたいと。

 マフィアの首領である彼女はできることならば、自分の子どもに首領の立場を継がせたいと思っていた。

 だが、自分より強い男以外の子どもを産みたくない。

 そんなとき、俺の噂を聞いて、俺との間の子どもを作りたいと思ったそうだ。


「常に女を二人侍らせてるんだ。童貞ボーイってわけじゃないんだろ? なに、時間は取らせないよ」

「その……すみません。お断りします」

「なんて言った? まさか、うちに恥をかかせるつもりか?」

「はい。すみません」


 俺はそう言って頭を下げた。


「てめぇっ!」


 部下のマフィアの男たちが俺に詰め寄ろうとするが――


「待ちな! まだ話は終わってないよ」


 とトンプソンが彼らを制する。

 そして、彼女は俺を睨みつけた。

 もしもこの世界に拳銃があったら、その銃口をこちらに向けていることだろう。


「あんたが断ったのは、その女たちに義理を通すためだろう? うちらもマフィアなんて商売をやっていたら義理を通す重要性はなによりもわかっている。だったら、この二人がいいって言ったらどうだい?」


 確かに、俺がミスラを抱いたとき、それはアムの許可が出たあとだった。

 しかし、今回はあの時とは事情が全然違う。


「いいえ、俺の意思です。そして、いま俺が自分の意思を表示したので、アムもミスラも首を縦に振る事はありません」


 俺が二人を見ると、


「ええ。ご主人様の望みは私の望みです」

「……ん。三番目はいらない」


 とそう言ってくれた。

 今度こそトンプソンの目つきが変わる。

 さっき、蹴飛ばされたマフィアに向けられていたのと同じ怒りの視線だ。

 だが、地図上ではまだ敵表示にはなっていない。


「それがどういう意味かわかってるのか?」

「そうですね。俺は強いといっても個人です。国家のような大きな組織を相手に戦ったら全ての人を守り切ることはできないかもしれません。だから、長い者には巻かれろって思っています。でも――」


 俺は彼女の目を見て言う。


「あんたを含め、ここにいるマフィア全員を叩きのめすくらいはできるぞ。俺を脅したければジャイアントゴーレムを十体か上級悪魔でも連れてくるんだな」

「やろぉっ!」


 両サイドに待機していたマフィアの男が痺れを切らした。

 トンプソンは止めない。

 いや、止める必要がなかった。


「……………」

「サンダーボルト」


 アムが買ったばかりの槍の柄で、ミスラが威力を抑えた雷魔法でマフィアを気絶させた。

 二人のことを俺の女としか見ていなかったのか?

 彼女たちもレベル38と36。

 当然、ただのマフィアの下っ端ごときに負ける道理がない。

 ついでに――


「サンダーボルト」


 俺の放った雷がトンプソンの頬をかすめるように飛んでいき、壁に激突。

 雷が壁を走っていった。


「それで、どうします? 戦争をしますか? 俺としては平和的に解決するのが一番なんですけど」

「いいね、痺れたよ。ますますあんたの子種が欲しくなったよ」


 トンプソンはまるで獲物を見つけた肉食獣のような目で舌なめずりをする。

 痺れたって、雷魔法で痺れただけじゃないのか?

 一応当たらないようにしたけど、感電していても責任は取らないぞ。


「いや、子どもだけとは言わない。うちの旦那にならないかい? 組員も好きに使っていいからさ」

「なりませんし、組員なんていりません」


 絶対面倒な奴じゃないか。

 俺は健全に生きると決めたばかりでマフィアの首領の夫になんてなりたくないぞ。


「まぁ、聖者様のことを調べていたうちとしては断られるだろうとは思っていたが、そこまではっきりと言われるとは思わなかったよ」


 最初から断られる前提で話していたらしい。

 もしくは、最初から断られる前提で話していたから、これはトンプソンにとって恥でもなんでもないよ――ってことにしたいのかもしれない。

 ここについては深く考えないのが双方のためだ。


「じゃあ、次はあんたを一流の冒険者と見込んで依頼がある」

「俺、いま護衛の仕事中なんですぐには動けませんよ」

「時間は取らせないよ。今日中には終わる。実は、この屋敷の地下にはダンジョンがあってな――そのダンジョンのボスが薬になる素材を落とすんだ。それを取ってきてほしい。聞いた話によると、あんたは迷宮型のダンジョンと名の付く場所には目がないそうじゃないか。どうだい? 普段は入れないダンジョンだ。入ってみたいとは思わないかい?」

「薬って危ない薬じゃないですよね?」

「ははは、逆だよ。ヤバイ薬にはまった患者を治療するための薬だよ。昔の首領が、ヤバイ薬を広めたときに治療薬を作られたら困るってことでダンジョンの立ち入りを制限するためにこの屋敷を建てたんだが、うちとしてはそんなヤバイ薬に頼らない健全なマフィア経営をしたいんだよ」


 脅して子種を得ようとして健全も何もないと思うが、そういうことなら依頼を受けようと思う。

 ポットクールさんが今後もこの町を利用することになるのなら、マフィアとも良好な関係を築いたほうがいいだろう。

 ただ、彼女が言っていたのは一つ大間違いがある。


「新しいダンジョン……初踏破ボーナスに完全制覇ボーナス」

「……新しい魔導書」


 俺だけでなく、三人とも新しいダンジョンに目がないんだ。

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