第132話 要件を聞くのはケジメを付けたあとで

 ポットクールさんから見せてもらった地図にはいろいろな近付いてはいけない地区があったが、その中でも絶対に近付いてはいけないと言われた場所があった。

 そのうちの一つが、マフィアの幹部が住むと言われる中央区画だ。

 明らかにそこに向かっている。

 途中、娼館街らしき通りがあって、際どい姿の女性たちが客引きをしていたが、当然ながらマフィアに連行中の俺たちに声を掛けるような人は一人もいない。

 声を掛けられても行かないけどな。

 アムとミスラがいるから。

 娼館街に入ってから、アムとミスラが両サイドがっちり掴んで離さない。

 そういえば、ミスラのことが許されたから忘れていたが、妖狐族ってそもそも独占欲の強い種族だって言ってたもんな。

 そりゃ娼館なんて行かせるわけがなかったわ。

 うん、俺は風俗通いは一切しない、健全な夫となろう。

 重婚の上に、見た目小学生のミスラとの結婚も目指しているので、日本人の感覚としては健全とは言えないが。

 ミスラは俺と同い年だし、彼女の見た目ではなく中身で好きになったのだから問題ない――と自分に言い聞かせる。

 というわけで、娼館街を通過し、いよいよ中央区に入った。

 途端に空気が変わった気がする。

 マフィアの本拠地か。


 王都の貴族街もこんな感じなのだろうか?


 その中央区の一番大きな建物の中に入っていく。

 すると――


「……あれ?」

「どうしたんですか、ご主人様」

「地図を見ていて思ったんだが、ここにダンジョンがあるようだ」

「ダンジョンですか?」

「ああ……この建物の真下が入り口になってる」


 俺は連行しているマフィアたちに聞こえないような小さな声で言う。

 建物の下にダンジョンができたというよりは、ダンジョンを覆うように建物ができたって感じか。

 ひとり占めする価値があるダンジョンってことか。

 どんなダンジョンか気になるが、いまはそっちに気を取られている場合じゃないな。


 豪華な階段を上がっていき、二階の奥の部屋に行く。


「はいれ」


 マフィアの男がノックすると中から聞こえてきたのは女性の声だった。

 扉を開けて中に案内される。

 大きな執務机の前に立っていたのは、赤い髪のスタイルのいい女性だった。

 マフィアのボスと聞いていたので、葉巻きを咥えたゴッドファザーみたいな渋いおじさんだと思ったが、これは予想外だった。


「よく来たね。あんたが聖者様って噂のトーカだね。うちはこの町の首領ドンをやってるトンプソンだ。招待に応じてくれて感謝するよ」

「招待って、強引なお誘いでしたけどね」

「ああん、強引だって?」


 急に目つきが悪くなった彼女は立ち上がり、こっちに近付いてきた。

 まさか、いまの一言で機嫌が悪くなったのか?

 と思ったら、彼女は回し蹴りを繰り出し、俺を連れて来たマフィアの男が吹っ飛び、壁に激突して横たわった。


「おい、お前! うちは言ったよな! 聖者様を穏便に招待しろって。それが強引に連れて来たとはどういう了見だ?」

「す、すみやせん」

「謝る相手が違うだろうが」


 そう言ってトンプソンは男を踏みつけた。

 呻き声を上げて意識を失いそうになった男に対し、さらに蹴り上げ、


「ねんねの時間じゃねぇんだよ!」


 とさらに踏みつけた。

 意識を取り戻した男はなんとか身体を捻らせて、


「すみませんでした、聖者様」


 と俺の目を見て謝る。


「聖者様、指の一本でも落としておくかい?」


 と懐からナイフを取り出して俺に差し出したが、丁重にお断りし、謝罪を受け入れた。

 マフィア怖えぇぇよ。

 なんだよ、指を詰めるとか令和の日本じゃ、ドラマの中にも出てこないよ。


「あの、それで何故俺は呼ばれたのでしょうか?」


 丁重に呼ばれたということはわかったが、しかし挨拶するためだけに呼んだわけじゃないよな?

 ポットクール商会関係の用事なら俺じゃなくてポットクールさんを呼ぶわけだし。


「ああ、そうだね。まず、うちらの名前はトンプソンファミリー。代々女系マフィアでね。首領がトンプソンを名乗ることになってるんだ。先代は闇討ちで殺されて、いまはうちが七代目トンプソンの名を襲名してる。この町だけでなく死の大地周辺では五つの村を支配下に置いている。そんなとき、あんたの噂が入ってきたのさ。聖者を名乗り、三つの村を傘下に収め、不思議な力で、作物を急速成長させる畑を作ったり、村と村を一瞬で移動できる門を作っているそうだね。さらにその力は凄く、ゴブリンキングやジャイアントゴーレムまで倒したという。そんなあんたを見込んで言わせてもらうよ」


 おぉ、俺のこと、かなり知られているな。

 さすがに悪魔を倒したことまでは知られていないようだが。

 まさか、俺を配下に加えて、俺たちの村も支配下に加えたいってことか?

 だが、俺は村長だ。

 国に所属する覚悟はあっても、マフィアの支配に下るつもりはない。

 ここは断固として拒否を――


「あんたの子を産みたい。いまから始めるよ。うちの部屋に来な」


 トンプソンははっきりと言った。


「まさか、断るなんて言わないよね。女に恥をかかせるもんじゃないよ?」

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