第130話 自由都市の見学は宿についたあとで

 自由都市バカラに入った俺たちは、再度驚かされた。

 逆の意味で。


「え? ここが自由都市バカラ?」


 なんというか、普通の街の大通りだった。

 いろんな店が立ち並び、食べ物や衣料品、民芸品などを売っている。

 拍子抜けとはこのことだろうか?

 通りを歩くとカフェテラス席で紅茶を飲んでいるご婦人まで見かけた。俺のイメージだと、ああいう人がこんな場所を歩いていたら、次の日には冷たい身体で発見されている気がするのだが。


「聖者様、驚きました?」

「え……えぇ。ポットクールさん、もしかしてさっきまでの冗談だったんですか?」

「いえいえ、冗談ではありませんよ。ああ、あそこを見てください」

「あそこ?」


 そこは酒屋だった。

 露店のような店でいろんな酒が売っている。

 ミケへのお土産に買って帰るのもよさそうだ。

 その店で買い物をしていたのは一人のいかにも人相の悪そうなモヒカン頭の客だった。


「怪我をしたくなかったら、ここで一番高い酒を出しな!」

「一本10万イリスだぞ。金があるのかい、兄ちゃん」

「あぁ、金なら今度来たときに払ってやるよ。覚えてたらな」


 といって下品な笑みを浮かべてナイフを舐める男。

 舌が切れないか心配になるが、あれは明らかな恐喝だろう。

 もはや世紀末のチンピラだ。

 助けに入るか?


「悪いがうちはツケをやってないんだ。金がないなら他をあたりな」

「俺様のことを舐めてると痛い目に遭うぞ」


 刹那、吹っ飛んだ。

 客の方が。

 いつの間にか店主が棍棒を取り出して男を殴っていたのだ。


 その瞬間、周囲の店から店主たちが各々武器を持って飛び出し、


「久しぶりのバカだ! やっちまえ!」

「あんたら、服を破るんじゃないぞ! うちの古着屋で売るんだからな!」

「財布の中身は山分けだからな! 勝手に取るなよ!」


 全員でタコ殴り状態だ。

 さっきのモヒカン男の悲鳴が聞こえなくなったが、もう気絶してるんじゃないか?

 と思ったら、店を留守にした青果店の前に子どもたちが現れ、商品を持てるだけ持って逃走。


「あぁっ! 悪ガキ共! 商品を返しやがれっ!」


 と青果店の店主が気付いて追いかけたときには、子どもたちは既に裏路地を通って見えなくなっていた。

 その間にモヒカン男は文字通り身ぐるみはがされた状態となり、騒ぎを聞いて駆けつけた男二人に担架で運ばれて連れていかれた。

 あの男は掟を破った罰として奴隷としてこの町で一生こき使われるか、もしくは他の国に売られるか、それとも見せしめに処刑されるか、どちらにせよ無事では済まないらしい。

 なんというか凄い光景だった。


「とまぁ、これが自由都市バカラってところです。何も知らない犯罪者の新参者が町に入ったとき、素行の悪い男はここでリンチに遭い、そのまま奴隷落ちじゃ、彼が本当に賞金首だったら、賞金を懸けている国の冒険者ギルドまで連れていかれて引き渡されるでしょう。まぁ、最後の子どもたちは私も予想外でしたが」


 あの男については、門のところで『新参者が入ってきたから面白いのが見られるかもしれない』程度に聞いていたらしい。

 大通りで商売をするには、強さが必要ってことなのか。

 そして、力がない人はさっきの子どもたちみたいな強かさも必要だと。

 バカラに来て、拍子抜けだと思ったが、さらにその考えを改めさせられた。


「さぁ、宿に行きましょう。安心してください。これから行く宿はマフィアが管理している宿ですから、この町で最も安全な場所の一つです。もちろん、その分割高ですが――」


 ポットクールさんの案内で案内された宿は、かなり高級宿という感じの建物だった。

 少なくとも、この世界で見てきたどの建物よりも大きい。

 店の前には屈強そうな男たちが立っていて、彼らが宿の護衛をしているようだ。


 そこで俺たちは馬車から降りて、馬車は宿に併設された厩に入れてもらう。

 ポットクールさんはチップの銀貨を見張りをしていた男に渡していた。

 宿の中はとても清潔で、殺伐とした雰囲気とは無縁の宿という感じだ。


「お久しぶりです、ポットクール様。予約は承っております。すぐに部屋に案内いたしますね」 

「ええ、お願いします」


 予約も済ませていたらしく、すんなり部屋に案内された。

 部屋は全部で四つ。

 ベッドはそれぞれ三つ用意されている。


「聖者様たちはこちらの部屋をお使いください」

「え? 護衛の仕事はいいんですか?」

「はい。私達は宿から一歩も出ませんから。宿の中では護衛も必要ありません」


 買い出しをするんじゃないかと思ったが、それは全て宿の従業員に任せるそうだ。

 その方が確実に商品が、適正価格で揃うらしい。

 宿の従業員といってもマフィアの息のかかった人たちだから、彼らに対してボッタクリ価格を提示したり、粗悪品を売りつけるような愚か者はこの町にいないということだろう。


「よかったら、聖者様たちは町を見てきますか?」


 物騒なことになったら困るのだが、ずっと馬車の旅だったからたまには歩いて回りたいって気持ちもある。


「少し歩きたいが、アム、ミスラ、ポチどうする?」

「私もお供させてください」

「……ん。掘り出し物が見つかるかも」

「ポチは用事があるからあるじだけで楽しむといいのです」


 ということはアムとミスラと三人で散策か。

 さて、自由都市バカラ。

 どんなものが売っているか楽しみだな。

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