第129話 自由都市に入るのは警戒を強めたあとで
荷馬車で一週間の旅というのは意外と大変だ。
尻の痛みは回復魔法を使うことでなんとかなるが、とにかく暇なのだ。
ミスラの奴は、魔導書を持ってきていて、集中して読めるからありがたいって言っていたが、俺としてはもっと別の娯楽が欲しい。
主に、携帯ゲームが欲しい。
というか蒼剣がしたい。
揺れる馬車の中で本を読もうものなら車酔いは確実だと思われるこの現状でも、ゲームだったら酔わない自信がある。
どうかアイリス様お願いします――ってそれは叶わぬ願いだ。
なんなら、ゲームシステムのチート能力より先に頼んだ願いだったが断られてからな。
そんな旅路の中でポチの評判がうなぎ上りだった。
料理もそうだけど、マスコット的な愛らしさもあり、トークの面白さもあり、いまでは馬車三台で引っ張りだこ状態だ。
商隊はみんな男性だから、ポチが人間だったら彼女を争って骨肉の争いが起きていたかもしれない。
「ポチさんの料理は本当に美味しいですね。王都で経営するレストランで是非料理長を務めてもらいたいです」
「料理店も経営してるんですか。でも、それは困ります。俺が王都に引っ越さないといけなくなりますから」
調理能力のお陰で料理は一瞬で作れるのだが、ポチの手作りの味を覚えると、能力で生み出した料理は冷凍食品やインスタント食品を食べているみたいで、ステータスの恩恵があるとしても味気なく思えてくる。
意外なことに、アムとミスラは二人とも料理はへたく……微妙な腕前で、そのせいで技術書を使っても調理能力を取得できないほどだった。
かくいう俺も、料理の腕は人並み程度。両親が死んで妹のリンが幼かったころは必要にかられて飯を作っていたが、リンが大きくなると彼女が作っていた。
おいしい物を食べるのが好きなのか、それとも料理そのものが好きなのか、その腕はめきめきと成長していった。
あいつがここにいたら、ポチと料理勝負でもしてくれそうだ。
「聖者様、どうなさったのですか?」
「いえ、故郷に残してきた家族のことを思い出したんです」
俺はポットクールさんに照れながら言う。
「ポットクールさんは家族は?」
「妻と子どもが三人王都に。といっても、妻は私以上に仕事人間で、子どもたちも一人立ちして、ほとんどバラバラですけどね。それでも、年に何度かは全員揃って食事くらいはしています。ほとんど義務のようなものですが」
「でも、その義務が楽しみなんですよね? 表情でわかります」
「ははは。私も商人としてはまだまだ未熟のようですね」
とポットクールさんは冗談っぽく言って笑った。
「そういえば、聖者様はこの先の町に行くのは初めてなのですよね?」
「ええ、少し不安です」
「まぁ、我々が行くのは比較的まともな場所ですから」
これから行くのは、死の大地周辺において、唯一の街と呼べる場所だ。
死の大地周辺はどの国にも属していない不法地帯。
小規模のコミュニティのような村ならともかく、大勢の人が住む街となると、普通に考えれば普通の場所ではないことがわかる。
死の大地に唯一存在する街――自由都市バカラ。
犯罪者が最終的に行きつく街とも言われているその正体はマフィアが支配する都市だ。
法律はないが、掟は存在する……か。
そこに一日滞在して、必要な物資を買い揃えるらしい。
その街の地図を見せてもらって行ってはいけない場所、関わってはいけない人、買ってはいけないもの、入ってはいけない店などを何度も教えられた。
そういうところに注意していて、財布を掏られないように気を付け、かつ本人が強い、もしくは強い護衛と一緒でしっかり掟を守るのなら、過ごしやすい街らしい。
いや、十分窮屈だろう。
とはいえ、さすがに馬車の荷台で野宿をすることを考えるなら、危ない街でも宿のベッドで寝たい。
あぁ、この世界のベッドって、板の上に毛布を敷いてるだけでマットレスとかないからやっぱり荷台とそんなに変わりないかもしれない。お風呂もないだろうし。
そんなことを考えていたら見えてきた。
自由都市バカラ。
高さ五メートルほどの城壁がある。
トランクル王国の国境近くの街と比べても広くて立派な街に見える。
不法都市だって言ってたから、壁に巨大なスプレーの落書きがあったりするイメージがあった(※この世界に塗料スプレーは存在しない)が思っている以上にまともな街だな。
まぁ、マフィアの支配する都市だから、そんな都市の城壁に落書きなんてしようものなら、命がいくつあっても足りないか。
門に行くと、
穏やかな雰囲気とは程遠いな。
ていうか、地図がヤバイ。
街の中だというのに、白いマークに交じって最初から薄い赤のマークがあちこちに溢れている。
しかも、ポットクールさんが近付いたらいけないと言っていた場所に特に多い。
こういうのに近付いたら何をされるかわかったもんじゃないな。
自由都市バカラ、恐ろしい街だ。
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