第128話 ポチが認められるのは美味しい料理のあとで

 馬車に乗って移動を開始する。

 ただ、この馬車、非常に座り心地が悪い。

 当然だ。

 馬車にサスペンションがないとか、ゴムタイヤじゃないとかそういう次元の話ではなく、道なき道を進んでいるのだから。

 オフロードタイヤで走る自動車でも危ない――ていうか、普通の馬車なら走ることも難しそうだ。

 馬車を曳く馬の力が凄いんだろうな。

 ラオウが乗っていそうな黒い馬だ。

 魔物だと言われても信用する出で立ちだが、これは普通の馬らしい。


 このくらい強靭な身体でなくては、魔物のいるこの世界で生きられないのだろう。


 移動中はポットクールさんと二人きり。二番目の馬車にアムとポチ。三番目の馬車にミスラが乗っている。

 一応御者はいるのだが、結構タイヤの音が煩いのと、油断したら車輪が石に乗り上げかねないので話せないらしい。

 俺は地図を確認して周囲を警戒しながらも雑談する余裕がある。


「へぇ、ポットクール商会ってあそこが本店じゃなかったんですか」

「ええ。本店は王都にございます。さっき村まで来た護衛も普段は王都のBランク冒険者なんですよ」

「え……じゃあ、俺たちがCランク冒険者だって知ったら、少し嫌な気持ちにさせたんじゃないでしょうか。仕事を横取りしたみたいで」

「ははは。最初から彼らの依頼は現金の輸送ですからね。ここまで来たのが追加依頼ってだけで横取りはしていません。それに、彼らには言ってありますから。ジャイアントゴーレムを何体も倒した凄腕の冒険者だって。ジャイアントゴーレムの解体現場を見に行ったときなんて、それはもう呆れたように言ってましたよ」

「なんと?」

「『こんなことをやっておいてCランクを名乗られたら、俺たちはBランク冒険者だって胸を張って言えないじゃないか。とっととAランク冒険者になってくれ』と」


 それは失礼しました。

 自分でもCランク詐欺だってのはわかってます。

 と――


「あ、何か来てますね。魔物の群れだと思います。一度馬車を停めたほうがよさそうです」

「本当ですか? 馬車を停めなさい!」


 ポットクールさんが大きな声で言うと馬車が停まった。


「旦那、どうしたんですか?」

「魔物が近付いてるそうです」

「魔物って、そんなのどこにもいませんよ?」


 御者の男が周囲を見るも、生物の姿は見えない。

 だが、それは真っすぐこっちに近付いてきた。

 

 俺は敵のいる方に走った。

 地図だと確かにここ――いや、俺を通り越して馬車の方に向かっている。

 地面の下?

 それとも――違う、真上だ!


 雲の中からそいつが急に現れた。

 鳥の魔物だ。

 鳥の魔物は雲の中から現れたかと思ったら、商隊の真ん中の馬車に向かって一直線に急降下を始めた。


「サンダーボルト! からのソニックブーム!」


 雷の魔法と飛んでいく斬撃が急降下する鳥の何羽かを仕留めたところで、遠くから別の雷激が飛んできた。

 ミスラの魔法の援護だ。

 それでも半数近くの鳥が残ったがあれだけ削れたら十分だ。

 真ん中の馬車を護衛しているのはアムだからな。

 馬車から飛び出して幌の上にいった彼女は、槍を振り回して迫って来るすべての鳥の魔物を倒しきった。

 あの槍ってどこから?

 馬車に乗ってる商会の人が自衛のために持ってたのか。

 幌の上に乗っても大丈夫なのか?

 あ、そういえば馬車での移動中に空からの魔物を警戒して、幌は頑丈にできてるって説明してたっけ。

 アムはいろんな武器を使いこなすから、やっぱり槍も得意なんだな。

 蒼剣のゲームシステムだと武器のドロップは非常に少ないし、宝箱から出る武器も剣が多いからな。

 彼女向きの装備と考えると、やっぱり鍛冶場で作っていかないと。


「聖者様! ご無事ですか?」

「ええ。荷物も馬車も無事のようです。ところで、この魔物って――」

「メテオバードですね。隕石のように落ちてくるからそう名付けられた魔物です。その羽は非常に高価で――」

「美味しいんですかね?」


 とても美味らしい。

 これは今夜の夕食が楽しみだ。




 小さな泉の周りに僅かな草が生えているので、そこで野宿の準備だ。

 俺たちが水を汲み終えたあと、馬たちがのんびりと草と水を食べているがここの草だけでお腹いっぱいにはならないだろうから、その後は飼い葉を与えるそうだ。

 さて、俺たちは夕食。

 調理担当はもちろん、ポチだ。


「腕によりをかけて作るのですよ」 

 

 と言って調味料類を取り出す。

 醤油に塩に味醂。

 ってあれ?


「ポチ、その醤油、どうしたんだ? 家から持ち出せないんじゃなかったっけ?」


 我が家では、料理のさしすせそ――砂糖、塩、酢、醤油、味噌は使い放題だ。

 だが、家から持ち出すと消えてしまう。

 塩は岩塩だったので市販品だと思うが、醤油があるのは何故か?

 一応砂糖なら砂糖水にして持ち出せばOKとかいうガバガバな規則なので、醤油を水で薄めて来たのだろうか?


「これはミケの酒場の樽でポチが大豆から作った醤油なのですよ。だから持ち出せるのです」

「酒樽で醤油も作れるのか?」

「発酵食品なら大体作れるのですよ。納豆を作ろうとしたらミケに怒られるので作れないのですが」


 酒蔵に納豆はNGらしい。

 納豆菌が日本酒を作る時に出てくる麹菌の繁殖を妨げるからだそうだ。

 ゲームシステムでの醸造だから影響が出ない気がするのだが、そこはミケもよいどれ・ケットシーとしての矜持があるのだろう。

 てことで、醤油を持ちだすことができるらしい。


 ポチが宮廷料理人のフライパンで作ったのは、メテオバードの鍬焼きだった。

 甘辛いタレがからんで、非常のうまそうな匂いをしている。


「できたのですよ。あるじ、みんなの分、配ってほしいのです」

「ああ、わかった」


 俺は鍬焼きを皿に取り分けようとした。

 そこに――


「なぁ、あれって――」

「本当に食べていいものなのか?」


 ポットクール商会の人たちがなにか囁いている。

 こそこそ話しているようだが、しっかり聞こえる。

 食べていいってどういうことだ?

 メテオバードは美味しいって言ってただろ。

 まさか、魔物ポチが作ったものは食べられないってか?

 ポチはうちの料理長だぞ。

 そんなこと言う人には食べなくてもいい――って言いたいが、長い旅路だ。

 初日から問題を起こしたくない。

 なので、ポチの作った鍬焼きを皿に入れて――


「みなさんもどうぞ。しっかり食べて体力をつけて明日に備えてくださいね」


 と営業スマイルを顔に張り付けて渡していく。

 さぁ、食え!

 そして、ポチの料理の偉大さを知るのだ。


 いまだに彼らは、「本当に食べていいのか?」という顔をしていたが、その暴力的なまでの良い匂いに我慢ができなかったのだろう。

 手を伸ばし、食べ始め――


「うまい! まさか外でこんなうまい肉が食べられるなんて――」

「ああ。外の野宿といったら芋と味気の無い保存食ばっかりだもんな」


 よしよし、ポチの料理にメロメロの様子だ。

 これでいいのだ。


「聖者様。本当に食べてもよかったのですか?」

「ポットクールさんまで――」

「しかし、メテオバードの肉といえば、部位にもよりますが百グラム平均約500イリス高級食材ですからね」

「え?」


 あ、さっきから「本当に食べていいものなのか?」って、「(そんな高級食材を)本当に(ただで)食べていいものなのか?」ってことだったのか。


「あぁ、はい。まぁ、保存もできませんから食べないと腐らせるだけですし。それに勘違いした謝罪の意味も――」

「謝罪」

「いえ、なんでもありません。さぁ、ポットクールさんも食べましょう。ポチの料理はおいしいですからね」


 そうして、護衛の旅一日目の夜は更けていった。

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