第126話 閑話 朝の日常

 朝は気持ちがいい。

 まず、ハリーさんに水をやるところから始まる。

 地球にいたときは植物なんて興味がなかったけれど、ゲーム原作の植物だと思うと一気に愛着がわく。これが原作リスペクトという感覚なのだろうか。


「おはよう、ハリーさん――いたたっ」


 ハリーさんの頭をちょんと叩くと、針を飛ばしてきた。

 ポチが言うには、ハリーさんが針を飛ばすのがストレスになることはない。むしろ、ストレスを発散しているらしい。それを聞いてたまにちょんっとつついてみる。

 針が無くなっても植物回復薬は錬金術で作れるようになった。

 庭に行き、盆栽キングの様子も見る。

 スペシャルキノコが生えていた。


「サイキンマン様、おはようございます。スペシャルキノコありがたく頂戴いたします」


 防御アップの

 専用の霧吹きで盆栽キングに水をやる。

 普段はポチが水をやってくれていたのだが、今日は頼んで俺の担当にしてもらった。

 明日から留守になるからな。

 ミケにしっかり水をやってもらわないと。


 それが終わったら、次は――


 とさっき棚から道具欄に移しておいた子牛、子山羊、子豚夫婦を出してやり、散歩をする。本当は鶏も出してあげたいのだが、逃げられたら困るので今日も棚の中でお休みだ。

 子豚夫婦も大人しく一緒についてきてくれる。

 暫く歩き、牧草地帯で動物たちの食事開始。

 先客に村で飼っている山羊がいたが、喧嘩することなく仲良く食べている。


「そうだ、お前、これ食べるか?」


 ドングラの実を取り出して豚夫婦に与えると、二頭とも食べ始めた。

 ドングラの実はこの世界に来て死の大地で採取したドングリに似た木の実だ。

 村に植えて、いまでは乾燥させて材木に使ったり、薪に使ったりしているが、結構木の実も増えてきたので、餌にしても問題ない。むしろ、どんどん食べてほしい。

 そういえば、イベリコ豚はどんぐりを食べて育つから美味しいって言っていたが、その旨味って子どもに遺伝するのだろうか?

 この子豚夫婦は大きくなっても食べたりしないので、むしろドングラの実はこの子豚が大きくなってから産んだ子どものために取っておくべきかもしれない。

 と思ってドングラの実をしまうと子豚夫婦が――もっとくれないの? と言っているかのような目でこちらを見上げてきた。

 俺はぐっと堪え――切れずに、またドングラの実を与えることにした。


「おや、村長。今日は豚を連れてきたのかい?」


 村で最年長のガブール爺さんが声を掛けてきた。

 山羊を連れて来たのもガブール爺さんらしい。


「ああ、昨日からうちにいるよ。牧場ができたら、この子たちも立派に成長して、たくさんの子豚を産んでくれるさ」

「おお、そうかい。そういえば、昨日は立派なオーク肉をありがとうね。とても美味しかったよ」


 豚たちの前でオーク肉を食べた話をしていいのだろうか?

 豚たちは気にせずドングラの実を食べているからまぁいいか。


「まぁ、この年だから肉は噛み切れなくてね。ほとんど息子と孫が食べたんだけど、それでも一部は腸詰めにさせてもらうから、そっちで楽しませてもらうよ」

「いいですね。トマトソースを作って一緒と食べれば最高なんですよね。ビールに合うらしいですよ」

「いいな。村長がこの村に来るまでその日の食事で手いっぱいで、こんな話ができるなんて思わなかったよ。ところで、言葉遣い――」

「トマトソースやビールと合うぞ」


 村の皆との話し合いで、俺は村のみんなに極力敬語を使わないようにと言われた。

 敬語を使われたら気を遣ってしまうだけでなく、対外的に俺がお飾りの村長だと思われるのはよくないとのことらしい。


「やっぱり慣れないな。俺のいた国じゃ、年よりは大事にしろって子供のころから教わるんだ。年に一度はその記念日まであるんだぞ」

「はは、そりゃいい国だな。普通は年寄りなんてときどき知恵を貸してくれるだけの無駄飯ぐらいとしか思われてないからな。そういう国だから、聖者様のような立派な方が生まれたんだな」


 ガブール爺さんはそう言って立ち上がると、桶を持ってきて山羊の搾乳を始めた。

 桶の中にものすごい勢いで山羊乳が溜まっていくその様子はまさに職人芸という感じだ。

 前に俺もやらせてもらったが、ほとんど出ないどころかきつく絞り過ぎて山羊が怒っちゃったからな。

 全然無駄飯ぐらいじゃない。


「村長、そろそろ帰らんと」

「あ、そうだった。みんな、集合!」


 俺がそう言うと、山羊以外の動物たちが俺のところに集まってきたので、道具欄に収納。

 急いで家に帰った。

 既に朝食の準備ができていて、アムが配膳を手伝っていたが、ミスラの姿は見えない。


「おはよう、アム。ミスラはまだ寝てるのか?」

「はい。やはり昨日は夜遅くまで――」

「魔導書を読んでたか……」


 俺と一緒のベッドで寝るときはそんなことはしないんだが、個室で寝ると絶対徹夜だからな。

 悪魔を倒しても、彼女の魔法への執着は消えることがない。むしろ、脅威がなくなった分、のびのびと魔導書を読みこんでいるように思える。

 部屋をノックするも返事がないので、扉を開けて部屋に入る。


「ミスラ、起きろ。朝飯だぞ」

「…………トーカさま……ぐぅ」

「寝るな」

「……めざめのキス」

「バカなこと言うと胸を鷲掴みにするぞ」

「……掴めるほどない」


 ……お前、それ自分で言うなよ。

 セクハラ発言があったとはいえ、俺が悪いみたいじゃないか。


「……だから、トーカ様の掴んでいい?」

「セクハラはお前だっ! さっさと起きろ! ハーフエロフが!」


 俺はそう言ってミスラを叩き起こし、洗面所に顔を洗いに行かせた。


「はぁ、ミスラの奴。目覚めのキスとか――」

「私もご主人様と毎朝したいですね。目覚めのキス」

「――前向きに検討する――というより前向きに実行させてください」


 そうだよな。

 うん、俺たち、もうやることやってるわけだし、そういう目覚めもいいよな。

 と考えていたところで、ミスラが洗面所から戻ってきた。


「……トーカ様、アム、ポチさん、おはようございます」

「「おはよう、ミスラ」」

「ミスラさん、席に座るのですよ。今日はあるじの希望で和定食なのです」


 テーブルには白いご飯と焼き魚、卵焼き、味噌汁が並んでいる。

 あぁ、これだ。

 これが日本の朝ご飯だ。


「じゃあ、手を合わせて――」

「「「いただきます」」」


 こうして、俺の朝は始まる。

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