第121話 その瞬間が訪れるのはキノボウが湧くのを待ったあとで
メリサさんに案内された場所にいたのは、キノボウを貪り食うキノコオオトカゲと、石化した冒険者たちだった。
よく見ると、ひとりは弓矢を構えた状態で石化している。
ちなみに、アニメとかゲームのイメージだと味気の無い石像のイメージのある石化状態だが、あくまで石化しているのは人間の身体だけで、服とか鎧とか武器などは石にならずにそのままの状態だ。
だから不謹慎ながら思ってしまう。
石像だけだったら彫刻の美術館に迷い込んでしまったような気がするが、服を着た石像となると服屋のマネキン人形みたいだと。
「あの状態で生きているのですか?」
「……仮死状態。石化したら十二時間以内に治療すれば問題ない。それ以上の時間が経つと後遺症が残る。一日以上経過していたら命が助かったという話は聞いたことがない」
「彼らは――」
「石化したのはほんの数時間前さね。半日前に近くの街道で追い抜いて行ったからまだ助かる時間さ。石化を治療できるのは高位の回復魔法が必要になるけど、そういう方がいる町までは歩いて一日必要になるさ。そもそも、石像を担いで谷から出ることが難しいさね。絶対に攻撃するんじゃないよ。私まで巻き込まれるのは御免さ」
メリサさんは言った。
遠距離攻撃があるから大丈夫と言ったが、弓矢程度ではどうしようもないと。
その結果、キノコオオトカゲの反撃にあったと。
キノコオオトカゲの痰攻撃はゲームでもあったが、単体への攻撃だったし、盾を使えば防げたんだけどな。
四人同時に石化している気がする。
彼らも予想外だったのだろう。
こちらを見て何か言いたげな表情をしているように見える。
「……トーカ様」
ミスラが耳打ちをする。
あぁ、やっぱりそういうことだよな。
うん、そうだよな。
「アム、一度引き返すぞ」
俺はそう言って、さっきソードビートルや刀虫夏草を倒した部屋まで戻る。
アムはあの四人のことを気にしているようだが、特に何も言わなかった。
「メリサさんはこれからどうするんですか?」
「そうさね。隙を見て、ひとりだけでも連れていけないか試してみるさね。オクロウの力があれば、担いで逃げて、谷から出ることもできるかもしれないさね」
「でも、治療する方法は――」
「ブルグ聖国の国境門まで行ってみるさね。運がよければ治癒術士が駐在している可能性があるさ」
だったら――と俺はアムに耳打ちをする。
彼女は俺の話をしっかりと聞き、頷いた。
「アムに国境門まで走ってもらいますよ。治癒術士がいるようなら事情を話した方が早いでしょうし」
「……それは。そうさね。でも、あんたたちはどうするのさね?」
「俺とミスラは魔法が使えますからね。キノコオオトカゲを倒します。そうすれば安心して彼らを運び出せますから」
「待ちな、いくら魔法が使えるからって――」
「安心してください。メリサさんはここに。行くぞ、ミスラ。アム、そっちは任せた」
「はい、お任せください」
アムがダンジョンの入り口の方に走っていく。
もう見えなくなった。本当に速いな。
俺とミスラは止めるメリサさんを置いて、さっきのキノコオオトカゲのいる場所に向かった。
さて、戻ってきたわけだ。
攻撃魔法なら、やっぱりサンダーボルトだろうか?
それともファイアボール?
と考えていたら、
「待ちないさ――」
メリサさんオクロウとともに追いかけて来た。
「メリサさん。待ってって言ったのに来ちゃったんですか」
「もう止めても無駄だと思ったのさ。これからいうことを良くお聞き、もうすぐキノボウが湧く時間さね。攻撃をするのならその時間さね。攻撃を外してもキノボウが邪魔をするから逃げる時間ができるさね」
「……ありがとうございます。じゃあ、そうします」
俺はそう言って頷き、ミスラを俺の前に立たせ、その瞬間を待った。
そして、その時は訪れた。
突然、背後から陶器が割れる音と、メリサさんのうめき声が聞こえたのだ。
俺とミスラは振り返る。
すると、そこには右手の石化が始まっているメリサがいた。
その足下には割れた小瓶の破片と、そして何か白い液体が零れている。
その小瓶を割ったのは俺たちと別行動を取っていたアムだった。
「やっぱり、あなたが彼らを石化した犯人だったんだな。俺たちが油断しているところで、背後からその薬――たぶんキノコオオトカゲの痰を掛けようとした」
「……なんで気付いたさね」
「理由としては、やっぱり四人同時の石化だな。だって、キノコオオトカゲの痰は、石化、毒、猛毒など様々な症状が起こる状態異常だぞ? 複数の症状が出ることはあっても四人全員が石化するなんて確率、あんまり考えられないよ。そもそもキノコオオトカゲの痰は単体攻撃――一人ずつにしか吐いてこない。でも、彼らは四人同時に石化している。たぶん、あんたのその小瓶に入ってた液体、キノコオオトカゲの痰から抽出した石化剤なんだろ? それを掛けられた。だから彼らは後ろを向いている。今回みたいにキノコオオトカゲを狙うタイミングを教えてもらってその隙に。それにミスラから聞いたんだが、冒険者ギルドが貴族から依頼を受けるとき、特定の冒険者グループに依頼をすることはあっても、複数の冒険者に依頼を出すことはないんだよな? ダブルブッキングになっちまう」
なにより一番確信したのは、俺たちがここに戻ってキノコオオトカゲを倒すと宣言したとき、メリサを示す地図上のマークが白から薄い赤に変わったことだ。
俺たちが素直に帰れば見逃してくれたのだろう。
俺には完全毒耐性の銅の腕輪を装備している。石化の魔眼などだったら防げないが、石化毒だったら防げるのでミスラの後ろに立ち、メリサから身を守っていた。
まぁ、そんなことしなくてもアムがしっかり仕事をしてくれたわけだが。
メリサも毒耐性の装備を身に付けているのかそれとも特別な能力持ちか、石化の進行が遅く、まだ右手の一部しか石になっていない。
「ちっ、オクロウ! こいつらを殺――」
「残念ですが、オクロウさんはもう動けないようですよ」
メリサの声は、オークが倒れる音でかき消された。
やっぱりアムは仕事が速いな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます