第117話 閑話 村人の独り言

 俺の名前はトムサン。

 ただの死の大地周辺の開拓村の農夫だ。

 元々、トランデル王国のガメイツ伯爵の領地に住んでいたんだが、重税に耐え切れずに国を捨て、僅かな資金とともに死の大地の周辺にやってきた。

 死の大地の中にはそれはそれは恐ろしい魔物が封印されているらしく、そのせいか土地がやせ細っていて人がまともに生きていけるような土地ではないと言われている。

 好き好んでそんな土地に村を作るなんて――と言われるだろうが、それでも今残っている財産まで重税として奪われるよりはマシだと思って移り住んだ。

 正直、死の大地の周辺を舐めていた。

 ガメイツ伯爵の領地では小麦を育てていたので、その種もみを持ってきたのだが、予想の半分も収穫できず、さらにその翌年は小麦は全滅した。

 保険として蕎麦を植えていなかったら、俺たちは次の年の春を待たずに全員飢え死にしていただろう。

 それでも、食糧は足りず、アムの母親にはいろいろと苦労を掛けた。

 彼女は元々俺の村とは縁の無い人間なのだが、開拓村の候補地までの護衛と、その候補地の周辺の魔物退治を格安で引き受けてくれた冒険者だった。

 彼女はその後も、村のために借金をしてまでいろいろと手を貸してくれて、さらには不作の年にはダンジョンまで行っては魔物の肉を取っては俺たちに振舞ってくれた。

 本当にいい人だった。

 それに美人でスタイルもよかったんだよな

 夫とは死別したって言っていたので、何人もの男が列を作っては彼女に粉を掛けていたが、相手にもされていなかった。

 俺は既に結婚していて息子と娘もいたから敗者の列に並ぶことはなかった。

 それでも開拓村は過酷だった。

 何日も水しか飲めない日があった。

 三歳になったばかりの娘が亡くなったときはこの世の終わりかのように夫婦で悲しんだが、涙を流すこともできないほどに俺たちは弱っていた。

 悲劇は重なる。

 貧しい村だというのに盗賊に襲われたのだ。

 魔物使いが率いる各地を回っている盗賊団だった。

 アムの母親が盗賊たちを倒し、その親玉と魔物たちを追い払ってくれたが、その彼女が犠牲となった。

 その時に彼女が殺した魔物の肉で俺たちが飢えから一時的に解放されたのは皮肉にしても笑えない話だ。


 それから一年後。

 村がゴブリンに襲われた。

 唯一戦えるアムがゴブリンの巣に単身で挑んで重傷を負い、もうダメだと思ったとき、あの人が現れたのだ。


 あの時、俺は当時の村長のガモンと一緒にゴブリンの襲撃に備えていたんだが、彼は死の大地の方から現れた。

 

「あの、すみません」


 彼はまるで、宿屋の場所を尋ねるかのようなのんびりとした口調で俺に尋ねた。

 普通の兄ちゃんって感じの男だった。

 彼は自分を冒険者だと名乗ったが、どう見ても戦えるようには見えなかった。

 本当に冒険者だとしても、登録したばかりのFランクかEランク。

 そう思ったのだが、


「このゴブリン、倒していいですか?」


 彼はガモンに尋ねたのだ。


「倒してって、倒せるのなら助かるが……」

「よし、じゃあ行ってきます」


 その後見たのは信じられない光景だった。

 あのゴブリン共が俺より筋肉の少ない優男の兄ちゃんに次々倒されていくんだ。

 凄かった。

 アムの母親が戦っているところは見たことがないが、ガメイツ伯爵領にいたときに村を襲ったゴブリンと戦ってくれた冒険者がいたが、あそこまで強くなかった。

 もしかして、名のある冒険者様なのだろうか?

 ってやばい!

 さっき、ガモンは冒険者様に魔物を倒すように頼んだ。

 冒険者に魔物退治を依頼したら、対価を払うのが義務だ。

 たとえ国に属さないこの土地でもそれは変わらない。

 もしも彼が正当な対価を要求したら、村は年を越すことができなくなる。


 そう思ったが、彼は村に泊まるだけで、それ以上の対価を求めなかった。

 さらには、アムに高価な魔法薬を分け与えた。

 対価は後日でいいからと言って彼女の命を助けたのだ。

 なんてすばらしい人だ。

 まるでおとぎ話に出てくる聖者様のようだと思った。


 そして、それは正しかった。


 次の日、村に奇跡が起こった。

 今年の収穫も絶望的だと思われていた畑に作物が実っていたのだ。

 しかも、ガメイツ伯爵領にいたときですら味わったことのない大豊作だった。

 まさに奇跡だった。

 そう、彼は本物の聖者様だったんだ。


 それから村は劇的に変化していく。

 日々増える様々な野菜や果物。

 この土地では育たないと思われた小麦――しかも最高品種の黄金小麦が育てられるようになり、うまいパンが毎日食べられるようになった。

 転移門という凄い魔道具により、近くの村まで一瞬で行けるようになり、なにより村に酒場ができたのだ。

 酒なんて、祭りの日にしか飲めなかったのに、いまでは毎日飲めるようになった。

 子どもたちも酒場でジュースを飲むのを楽しみにしている。

 いまでは商店もできて買い物までできるようになった。

 どれもこれも全ては聖者様のお陰だ。


「お父さん、お母さん、ミケが美味しいジュース作ってくれるんだって。早く行こ!」

「ポワたちに全部飲まれちゃうよ!」

「ああ、待て待て。直ぐに行くから」


 俺と妻は家の裏にある小さな墓に採れたばかりのオレンジを供え、息子たちのところに向かった。

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