第113話 飴は鞭のあとで
「――ということがありまして。ここに連れて来たわけです」
「それは迷惑をかけたな。ポワ、トウ、ルル……お前たち、ダンジョンのルールは知ってたはずだろ。バカなことをしたな」
ダンジョンの入り口で見張りをしていた衛兵に子どもたちを連れて行った。
どうやら、衛兵の男は三人を知っていたらしい。
「今日一日我慢したら、明日から囮の仕事もできただろう」と呟く。
「あの、彼らは――」
「見張りの交代時の隙をつかれたのは俺たちのミスだが、規則は規則だ。こいつらは一カ月間ダンジョンへの入場は禁止だな」
「仕事の斡旋や孤児院の紹介はできませんか?」
「仕事のないガキはこの町に数え切れない程いる。孤児院は市民の子が優先だ。そいつらの親はこの町に市民権を持たない冒険者の子だから受け入れられることはないな」
「だったら、俺たちに死ねって言うのかよ!」
「お前らが悪いんだろうが! どうせポワが無茶言ったんだろ。ルールを破ったんだ。ガキ共のリーダーも受け入れてくれないぞ」
……はぁ。
さて、あとは任せたのでさようならって雰囲気じゃないよな。
「えっと、彼らは市民権を持っていない子どもなんでしたっけ? だったら、俺たちの村に連れていってもいいですか?」
「ん? お前の村って?」
「死の大地の周辺の村です。開拓中で人手不足ですから、働く意欲さえあるのなら飢え死にすることはないと思いますよ」
「……そうか。勝手に連れ出すのはダメだが、そのガキどもが一緒に行くっていうのなら構わないはずだ。ガキ共のリーダーには俺から言っておこう」
「ということだ。ポワ、トウ、ルル。どうする? ここで一カ月どうにかして生き延びるか、俺の村で働くか?」
俺は尋ねた。
もしもここが日本であれば、児童相談所に連れていくかしてあげたのだろうけれど、ここは地球ではない。
異世界メリシアだ。
子どもだったら働かなくても食べていけるなんて噂が広まれば、うちの村に子どもを捨てに来る旅人が現れるかもしれない。
生活するからにはしっかり働いてもらう。
労働基準法なんて関係ない。
「俺たちに死の大地に行けっていうのかよ。法律も何もない地獄の土地だろ?」
「それに、開拓村はとても大変な場所だって父が言っていました」
「そこにいったらお腹いっぱい食べられる?」
乗り気なのは一番幼い女の子のルルだけか。
「ちゃんと働くなら飯は食べられるぞ」
「だったら行く! ね、ポワ、トウ、行こ! お腹いっぱい食べられるんだよ!」
ルルに言われ、ポワとトウは顔を合わせてため息をついて頷いた。
この三人の力関係がなんとなくわかってきた。
リーダー格はポワ。怒りっぽい短気な性格。
トウは真面目で頭脳担当。だけど、ポワの我儘に振り回されている。
ルルは二人にとって妹的な立場で、ポワとトウは彼女を守ろうとしている。
と、ここまで勝手に俺が一人で決めてしまったが、本来はアムとミスラに相談するべきだっただろう。
二人に謝らないといけない。
「悪いな、アム、ミスラ。大事なことなのに勝手に決めて」
「いいえ。ご主人様ならこうなさると信じていました。ご主人様の従者でいられることを誇りに思います」
「……ん。悪魔に殺されそうなミスラを見捨てなかったトーカ様が、子どもを見捨てるはずがないと思ってた」
なんか全て見透かされているようで、それはそれで恥ずかしいな。
このままイチャイチャしたいが、子ども三人がこっちを見ているのでそういうわけにもいかない。
「ああ、じゃあ村に帰るぞ」
「ちょっと待ってくれ。飯は?」
「まだ働いてもいないのにちゃんと食べられるわけがないだろ? と言いたいが、村まで歩いて帰るのに空腹だとさすがにつらいか」
ここで優しくしたら、その優しい待遇が当然だと思ってつけあがる。
だが、食べさせないという選択肢はない。
だったら、厳しく食べさせる。
「ほら、買って来たぞ! 市場で売ってた硬い黒パンと干し肉だ」
俺は黒パンと干し肉を三人に配った。
「今回はこれだけだが、ちゃんと働いたらもっと美味しいものを――」
「店で売ってるパンだよ! ポワ、トウ! 柔らかいパンだよ! 一人一個もあるよ! 水に入れてふやかさなくても食べられるパンだよ!」
パンダ?
じゃなくて、パンにそこまで興奮するのか?
しかも柔らかいって、これ、硬い黒パンだぞ?
「ええ。それに肉なんて食べるの何年振りでしょうか」
「本当にこれ全部、俺たちの今日の食事なのか? まだ仕事もしてないのに。まさか明日の分も含まれてるとか言わないよな?」
え? えぇ?
そういう反応になるのか?
今日の食事って、俺の予定ではこれは昼ご飯であり、夕ご飯は家に帰ってから食べる予定なんだが?
「……この町では標準より少し劣る食事。でも、だからこそ親のいない子どもが食べられる食事じゃない」
ミスラが言うには、子どもたちの食事というのは、それこそ市場でも売り物にもならなくなった廃棄品がほとんどらしい。
店で販売されているものを食べられるってだけでも贅沢なのだろう。
俺の計画では、少し貧相な食事の内容にげんなりし、「喉が渇いた!」と文句言ってきたところで、「ちゃんと働くと約束してくれるなら、今回は特別にこれを食べてもいいぞ」と言って市場で売っていた果物を食べさせてあげて信頼度を稼ぐ――飴と鞭で信頼を得る予定だったのだが。
硬いパンと干し肉で、まるで宝くじで一等が当たったかのように喜ぶ子どもたちを見て、そんな駆け引きが出来なくなった。
「……喉が渇くだろ? デザートに果物も買ったんだが……食べるか?」
「「「食べるっ!」」」
どうやら、俺は飴と鞭の使い分けは苦手のようだが、信頼は得られたようだ。
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